この方は長年建設関係のお仕事に従事され、毎日長時間の肉体労働をしています。だいたい2ヶ月に1度くらいの割合で来店され、全身の揉みほぐしと不調箇所の調整をしています。いつも肩の揉みほぐしから施術を始めるのですが、3分もしないうちに眠りに落ちてしまい施術時間のほとんどを眠った状態で過ごされます。
 そんな方なのですが、今回は「夜中の2時頃に必ずと言っていいほど目が覚めてしまい、それからウトウトするのだが、朝方まで何度も目を覚ましてしまう。それを何とかして欲しい。」ということで来店されました。“こんなにいつも寝入ってしまう人が、実は睡眠障害なのか‥‥”と思いましたが、以前に息子さん(父と同じ仕事)が来店され不眠を訴えていたことを思い出し、なんとなくイメージが湧いてきました。息子さんは20代前半ですが、その後睡眠の調子も良いようで、同じようにして欲しいという要望だと感じました。

 さて、睡眠に関して整体で調整できることの一番は呼吸を整えることです。そして次には頭の血流が良くなるように整えることです。心理的な事柄で眠れなくなることは誰もが経験することですが、直接的にそれをどうにかすることはできなくても、呼吸と血流を整えて頭の中がスッキリするようになれば、意外に心理的な要因での睡眠障害に効果があるかもしれません。

呼吸を整える
 呼吸の調整はなかなか奥深いものがありまして、単に規則正しいリズムで息を吸って吐いているかだけでは不十分です。呼吸は波でありリズムです。そして呼吸の波とリズムが全身に拡がっていくことが、本当の意味でのリラクゼーションだと考えています。ですから呼吸の調整において私が目標とすることは、ゆったりとしたリズムで、あたかも“全身で呼吸をしているような状態”を実現することです。
 呼吸運動において要となるのは横隔膜と胸郭の動きです。肺は自分自身では膨らんだり縮んだりすることができません。横隔膜がお腹の方へ下がることによって、さらに胸郭が拡がることによって肺の中が陰圧になり外気が肺の中に流入する仕組みになっています。
 
横隔膜_呼気吸気

 息を吸う動作では胸と腹の境界となっている横隔膜が腹部の方へ下がりますが、それに連動するように肋骨が上に動き胸郭が拡がります。ですから普通は息を吸う時にお腹が膨れ、それに合わせるように胸が顔の方へ近づきます。ところが実際にそうできている人は多くありません。お腹だけがペコペコ動いていたり、胸だけがハアハアしていたり、という場合が多く見受けられます。呼吸が浅い状態です。これでは全身に拡がるような“波”は生まれません。
 また息を吐き出す時には、胸が下がるとともに膨らんでいたお腹が平に戻ります。そしてこの動作がスムーズに行われるためには腹筋の働きが重要になります。腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋の3つの腹筋が協働して上がっていた胸郭を引き下げますので、仮にこれら腹筋の働きが悪いと胸が下がらない、つまり胸が上がったままの状態になってしまいます。この状態は“息が詰まった状態=過呼吸状態”といえます。
 
呼気に働く腹筋

 ごく自然に、フーーッと長く息を吐き出し続けていくことができれば、そしてこの動作の最後の方で下腹部の腹筋が硬くなる(収縮する)のが確認できるようであれば問題はありませんが、動作が途中までしかできなかったり、あるいはゆっくり吐き出すことができなかったり、途中で一端動作が途切れてスムーズさに欠けるようであれば、腹筋の働きに問題があると考えられます。尚、「息をゆっくり吐き出してください」と言ったとき、深呼吸をするように一度大きく息を吸ってからでないと吐き出せない人がいます。こういう人は過呼吸状態であると考えられますし、腹筋の働きが良くない状態であると考えることができます。
 私たちは緊張したり驚いたりするとき、息を吸った状態で止めてしまうことが多いです。“ハッ”とするという言葉はまさにそれを、つまり息を吸った状態を物語っています。そして体から息を吐き出すとき、緊張感から解放されるとともに“何か”が体中に行き渡ります。この“何か”を“気”と表現してよいかもしれません。
 溜め息は息詰まり状態からの瞬間的な解放、つまり緊張状態からの解放手段です。つまり、息を吐き出すことによって緊張感から解放されるように私たちの体はできているということです。

 “不眠”を呼吸在り方という面で考えるとき、「ゆったり吐き出せているだろうか?」ということが最初の着目点になります。
 そしてそれができていないのはどうしてなのか?
 それは吸気に問題があるのだろうか? つまり胸郭の状態や鼻や喉の状態。
 あるいは、腹筋の働きに問題があるのだろうか?
 といった感じで観察していき、調整していきます。

 (大胸筋や前鋸筋などの)胸をとりまく筋肉のこわばりが肋骨の動きを制限していて吸気の動作が上手く行えない場合があります。あるいは鼻の通りが悪くて、あるいは舌や喉の問題で吸気が上手くできない場合もあります。その他に胸郭自体が閉じていて、つまり胸がふさがっていて息が吸えない場合もあります。
 腹筋の働きが悪くてゆったりと息を吐き出すことができない場合、腹筋自体に問題がある場合もありますが、多くはそれ以外の理由で腹筋の働きが悪くなっています。手や腕の使いすぎで、それらの筋肉がこわばり、その連動性で腹筋の働きが悪いこともあります。足の指先が強くこわばっていて腹筋の働きが悪いということもあります。

 これらの不具合を一つずつ調整していきますと、はじめは胸だけがハアハア動いていたり、お腹だけがペコペコ動いていた呼吸状態が次第にゆったりとしていき、やがて胸から下腹部にかけて呼吸運動の一体感と連動性が生まれるようになります。呼吸運動が波にかわり、全身がそのリズムにあわせて波打つような状態になっていきます。こうなりますと呼吸の影響による不眠の状態は改善されると思います。

 頭部の血流に関しましては、噛みしめや歯ぎしりによるそしゃく筋のこわばりや、目の疲労による影響などが考えられます。頭蓋骨が歪んでいたり首が捻れていて血流が悪くなっていることもあります。

 睡眠に関して、その他に申し上げておきたいことが一つあります。これは理屈だけでは理解できないこと、実際に体験しないと実感できないことですが、胸が開放的であるか、閉鎖的であるか、というのがあります。呼吸とも深く関わりますが、胸が閉じているようなときは、どこか息苦しそうです。眠っていても眉間に縦皺がよっているような感じです。このような場合、それを何とか改善し、胸が環境(自然界)に対し開放的な状態にするのも私の仕事だと思っています。そうなれば、自然界のリズムと体のリズムが通じ合い、安らかな眠りが実現できるのではないでしょうか。