一月に一度くらいのペースで訪れる若い女性がいます。細かい内容はよく知りませんが、彼女は朝から夜遅くまで一日中パソコンに向かった仕事をしています。右手でマウス、左手でキーボードをこなすような仕事だそうですが、とても集中力の強い人で、仕事に取りかかったら時間を忘れて熱中してしまうということです。
 彼女の悩みは目が見えにくくなり、画面が見づらくなると仕事に集中できずストレスが溜まることです。今流行のドライアイなどの病気ではなく、目がかすんだりモヤモヤがかかったりするうち“見てるけど見えない”状態になってしまうとのことです。
 当初は、目の使いすぎ、いわゆる“疲れ目”ではないかと思いました。確かにコメカミの辺りもパツンパツンに張っていましたし、目の周りの筋肉もこっていました。これらの張りやこりを取れば良くなるのではないかと思いまして、そのような施術を行いました。ところが「まだ見えない」と言うのです。
 それでは、原因は別のところにあるに違いないと思い、いろいろと質問を始めました。
 「マウスは普通の形で、人差し指でクリックするの?」
 「画面は正面にあるの?」
 「画面の見方は下向き加減ですか、上向き加減ですか?」
 「机と椅子はどんな感じですか?」 等々
 すると、「椅子に座っていても足は地面から浮いている」という気になる答えが返ってきました。
 つまり、足が浮いているということは、坐位の姿勢を保つために股関節付近に力が入り続けている可能性があるということが推測されます。そして整体ベッドの高さを調整してベッドにそのような姿勢で座ってもらいました。股関節から下肢にかけて筋肉を調べていくと案の定、長内転筋の股関節付近がとても硬くなっていました。「このこわばりを取れば目が開くかもしれない」と思いまして、本人はけっこう痛がりましたが、それをほぐしていきました。すると姿勢も良くなり、明らかに目が大きく開いていくのがわかりました。そして「見えるようになった!」と彼女の答えが返ってきました。
 足が浮いているのが良くなかったのです。ですから「机と椅子の高さを調整して足がちゃんと床に着いて股関節に力が入らないようにしてください。」と言いました。ところが「机も椅子も変えることはできない。」という返事です。
 「では、どうしよう?」と考えました。そして一つの案として、何か足置きになるような台を置いて、その上に足を置いて作業するように進言しました。

 今は、台を置いて仕事をしているとのことです。それでも股関節に力を入れてしまう癖はそう簡単には治らないようで、仕事に集中してしまうとすっかり忘れてしまうとのことです。それでも、以前のように“ものすごく硬い”というこわばりではありませんので、施術も簡単で短時間ですみますし、来店される間隔も長くなっています。きっとそのうち“目が見えない”悩みから解放されるときが来るのではないかと思っています。

 さて彼女の場合を少し説明します。彼女の目の不調は目の酷使や疲れ目も原因ではありますが、それ以外に血液循環が悪いことが考えられます。普通、顔の血液循環については、鎖骨下静脈の流れに注目しますが、彼女の場合は鼡径部での循環不良が原因だと思われます。
 体全体の血液循環に関しては二つのポイントがあります。(動脈は省きます)
 一つは鎖骨下静脈。ここには上半身と頭と体表の静脈血とリンパが集まりますが、最終的に心臓に戻る前に鎖骨と第1肋骨の間という非常に狭いところを通過しなければなりません。体に歪みがありますと、ここの流れが悪くなりますので、顔がむくんだり、手がむくんだり、頭がボーッとしたりする症状が現れます。
 もう一つは股関節の前面に位置する鼡径部です。下肢からの静脈がここを通過して内臓からの静脈と合流して心臓に戻るのですが、この鼡径部もとても狭い場所です。(写真参照)

鼡径部01

鼡径部02

  鼡径部には縫工筋、腸骨筋、大腰筋、恥骨筋、長内転筋などの筋肉と鼡径靱帯に囲まれた三角形の隙間があります(大腿三角)。その狭い中に大腿動脈、大腿静脈、リンパ管が通っています。
 座り続けますと腸骨筋、長内転筋はこわばってしまいます。腰痛などで大腰筋や腸骨筋がこわばる場合もあります。筋肉はこわばると太く硬くなるので、鼡径部の隙間がさらに狭くなり、大腿動脈、大腿静脈、リンパの流れを悪くします。
 
 目のトラブルは、だいたい顔周辺や上半身の調整で対応できるのですが、今回のように鼡径部の、それも長内転筋という鼡径部の端っこに位置する筋肉の状態が影響を与えることを知ると、体の仕組みはまだまだわからないことだらけだと、改めて実感しました。