口呼吸がからだに悪影響を及ぼすことはだいぶ知られるようになったかもしれません。しかし舌の位置と口呼吸とに関連性があることはあまり知られていないと思います。無呼吸症候群やイビキと舌の状態は深い関係性があります。その他にも滑舌の善し悪しや発声、嚥下(食物の飲み込み)にも舌の状態は関係します。
舌は主に筋肉ですが、舌骨(喉のところにある宙に浮いた状態の骨)や口の中のいろいろな場所につながっていて支えられ、思い通りに動かすことができます。また、舌は味を感じる大切な感覚器官でもあります。
今回は、味覚を除いた舌の状態がからだに及ぼす影響について考えてみたいと思います。
好ましい舌の定位置
普通にリラックスしている時、舌先が上歯のすぐ後のスポットと呼ばれるところにくっついている状態が望ましい舌の定位置です。軽く上顎骨を押し上げる力が働きますので、顔は下がりにくくなり、上顎を広げるようになりますので鼻の通りもよくなり鼻呼吸がしやすくなります。
もし普通にしている状態で舌先が下の歯を押しているような状態であれば、反対咬合(受け口)になる可能性が出てきます。もし普通にしている状態で舌先が上の歯を押しているような状態であれば、出っ歯になる可能性が出てきます。(参考までにhttp://hanoblog.com/tongue-position-9212)
また、例えば座った状態で重心を前に出すように前傾しますと舌先が上顎を押す力が強まり(舌も前に出ようとする)、重心を後ろに移動するようにからだを反りますと、それまで上顎に接していた舌先が下に移動することがわかります(舌が引っ込む)。ですから重心の位置と舌先の位置には関係性があることがわかります。
滑舌が悪いとか、舌足らずや舌余りの話し方になってしまう、ラ行やサ行が話しづらいなどと舌の動きに対する問題を抱えている人がいます。イビキや無呼吸症候群なども舌との関連性を無視することはできません。
いつも喉元に力をいれている人、つまり緊張しているような人は舌骨の動きが制限されてしまうため舌足らずや舌余りの状態になっていると考えられます。猫背で首や顎先を前に出してパソコン作業をしている人は舌先が下がっていますので、鼻呼吸では苦しくなってしまうため口呼吸になり慢性的な体調不良を抱えているかもしれません。腹筋の働きが悪い人は舌筋の働きも悪くなりますので、寝ると舌筋が気管をふさぐ状態になりやすいのと考えられます。つまり無呼吸症候群になってしまう可能性が高まります。
舌のホームポジションと骨格・筋肉の関係
好ましい舌のホームポジションがスポットと呼ばれる上歯のすぐ後の天井部分だからといって故意にそこにおさめようとしてみても、それは不自然ですし、別の筋肉に余計な力が入ってしまいますので良いことではありません。首や喉の筋肉が緊張状態になってしまいます。また、普段はそこにおさめておくことができても喋りだすと舌のホームポジションを正しくキープすることができなくなってしまいます。
舌を鍛えるトレーニング情報などには、このホームポジションについての記述もあると思いますが、私は、あくまでもからだがリラックスした自然な状態のときに舌先がどこにあるかが重要だと考えています。
①頚椎が後にあると舌が引っ込む‥‥ホームポジションに届かない
舌(舌筋)は舌骨から出ているとして考えるのがわかりやすいと思います。ですから舌骨の位置によって舌の状態は左右されると考えられます。そして舌骨は頚椎3~4番の前にありますので、頚椎3~4番が後に下がっている人は舌骨の位置が後方にある、つまり舌が後にあると言うことができます。このような状態の人は舌が前に出てこなくなってしまいますが、つまり舌足らずの状態です。
首肩の凝りが強くて整形外科を受診した人は“ストレートネック”と診断されることが多いのですが、それは頚椎の弯曲(前弯)が無いような状態、つまり頚椎3~5番くらいが後にずれているような状態です。ですからストレートネックと診断されている人は、舌足らずに近い状態だと考えられます。
頭蓋骨の後頭部(後頭骨)と首の境には後頭下筋群と呼ばれる筋肉があります。この筋肉群は後頭骨と上部頚椎(頚椎1~2番)につながっていますので、筋肉がこわばっていますと上部頚椎の動きが制限されるとともに後に引きつけられますのでストレートネックの状態になってしまいます。あるいは下を向いている時間が長い人は後頭部から肩甲骨につながっている僧帽筋がこわばってしまい頚椎全体を後方に引っ張ってしまうためストレートネックになってしまう可能性が高まります。
舌足らずの状態になりますと舌は正しいホームポジションの位置をとることができず下歯のところに舌先がきてしまうと考えることができます。
②喉のこわばっている人はホームポジションが下の歯にきていしまう
いつも緊張していたり、首肩から力が抜けないような人は喉の筋肉もこわばって硬くなっています。するとやはり舌先は正しいホームポジションではななく、下歯のところにきてしまいます。そしてこのような人は同時に後頭下筋群もこわばっていますが、首を触っても筋肉が筋張って硬くなっていることが多く見受けられます。
このような人はからだを使う時の中心が下腹部や腰部ではなく首や肩や胸にありますので、当然噛みしめの癖をもっていますし、呼吸は浅くなり、リラックスとは程遠い状態と言えます。以前にも記しましたが、首肩から力が抜けるようにからだを改善していただきたいと思います。
しかしながら、知らず知らずのうちに首・肩に力が入ってしまう人が、一時的に首肩から力を抜くことはできたとしても、力が抜けた状態を長く保つことはなかなか大変です。
普段どこを中心にしてからだ全体を使っているかという問題ですので、その人の意識の場がどこにあるか、思考の中心が何なのかという問題とも絡みあうことでもあります。ですから、時にはすっかり思い込みや性格を変えてしまうくらいの取り組みであると言えるかもしれません。
そしてそれは残念ながら“肩から力を抜くぞ!”という意志や“気をつける”ことだけではまったく無理です。からだを使う中心を下腹部の方に移動しなければなりません。
私たちのからだは意識を置いたところを中心に動くようにできていますので、首肩から“力を抜こうと意識を置く”よりも、下腹部を使って動作をするように意識を置いた方が結果として首肩から力が抜けるようになります。健やかに楽に生きるためには首肩から力が抜けた状態で生活できるようにしなければなりません。
頭ばかり使っている現代の私たちは自然に首肩に力が入ってしまうけいこうにあります。そしてその影響により喉元はこわばって硬くり、舌の状態に影響を与えていると考えられます。
③横隔膜と舌と呼吸
私たちが呼吸を行うとき様々な筋肉が働きますが、その中で要となるのは横隔膜です。横隔膜は胸部と腹部を分ける境ですが、お椀を伏せたような、あるいは傘のような形をしています。息を吸う動作では横隔膜が収縮して逆さにしたお椀の天井が下がります。この働きによって肺は膨らみ空気が入ってきますが、同時に腹部が押し下げられお腹が前に膨らむようになります。息を吐き出すときは横隔膜がゆるんで腹部が広がり胸部が狭まります。肺自体には筋肉はほとんどありませんので、肺が膨らんだり縮んだりするのは横隔膜の運動=収縮・弛緩によるものだと考えてよいでしょう。息を吸うとき、つまり横隔膜が収縮するとき舌を観察しますと、舌が引っ込むのがわかります。反対に息を吐き出すとき横隔膜はゆるむのですが、この時舌は前にでて普通の人なら正しいホームポジションに戻ります。
つまり横隔膜が収縮しているとき、舌は短くなるということです。これを反対に考えますと、舌が短い状態=舌先が下の歯のところにある状態は横隔膜が収縮した状態であり、それは緊張状態であるとも考えられます。横隔膜がゆるんでくれませんので息を最後まで吐き出すことが困難です。精神的緊張状態も含めて、息が上がったり、息を止めてしまうとき、横隔膜とともに舌の筋肉も緊張し、呼吸が浅くなって言葉がしゃべりづらくなってしまいます。
このように考察しますと、舌と横隔膜と呼吸の善し悪しは密接に関係し合っていることがわかります。
④かかと体重
先ほどからだを反る(重心を後ろに移動する)と舌が下がり引っ込むと記しましたが、重心の位置と舌の位置にも関係性があります。
立位で少し前傾してつま先の方に体重を掛けますと舌が前方に動くのが実感できると思います。そして反対にかかとの方に重心をかけますと舌が後退するのも実感できると思います。ですから、かかと体重の人は自ずと舌が引っ込んでしまい、それによる弊害(=浅い呼吸、しゃべりづらい等)を抱えていることになります。また、反対に前のめりのように重心がつま先にある人の場合は、舌が前にでてしまいますので、舌を噛みやすい、上歯と下歯の間に舌が出てしまう、上歯を押してしまうので出っ歯になりやすいという弊害を招きます。
好ましいホームポジションを維持するためには重心の位置も重要になりますが、それだけでなく、身体全体の動きや機能を快適に保つために重心の位置が正しい状態にあるよう整えることは大切なことです。
⑤噛みしめと舌
たびたび登場する噛みしめや歯ぎしりの影響ですが、舌にも影響をもたらします。咬筋をはじめそしゃく筋がこわばりますと後頭下筋群もこわばります。すると上部頚椎が歪みますが、同時に舌も下がってホームポジションが下歯の方に移ります。
噛みしめや歯ぎしりの癖はからだのいろいろなところに影響を与えますのでどうにか改善したいものです。
舌を好ましい位置にキープするために
舌の位置が良くなかったとして、それを調整してきたこれまでの経験で言いますと、精神的にも肉体的にもリラックスできる状態になったとき、舌は自然と正しいホームポジションをとることができます。
ここで私が大切だと思うことは、意図的に舌をスポットの位置に置こうとしても、それではほとんど意味がないということです。舌は意識していれば意図的にスポットの位置に保つことはでき、一時的に呼吸を改善することはできます。ところがそれではからだのどこかに力を入れ続けていなければなりません。リラックスした状態から離れてしまいますので、からだには別の緊張が生じます。そして、何か別のことに神経をとられて意識が舌のことからはずれてしまいますとホームポジションはスポットから外れてしまいます。ですから自然にリラックスしている状態の時のホームポジションをスポットの位置に保てるようにすることが大切です。そのためには先に挙げた五つの項目を中心にからだを整える必要があります。
ベッドの上に仰向けになっていただき「からだから力を抜いてリラックスしてみてください」と申し上げますと、皆さんそれぞれ自分なりのやり方でリラックスした状態を試みてくださいます。しかし、いろいろなところに力が入ったままの人がほとんどです。ご自分ではそれが“いつもの普通の状態”ですから筋肉に緊張があるとは思っていないかもしれません。しかし、実際は緊張だらけの人がたくさんいます。(だから私のところに来られるのでしょうけど)
そしてここからが私の仕事になりますが、肩こりや腰痛といった症状を改善することと同時に、私はからだから余計な緊張が取れて“真にリラックスして快適になるとはどういう状態か”を体験していただきたいと思いながら施術を行っています。その過程の中で、上記の後頭部と頚椎、噛みしめ、重心などが整うように施術を展開していきます。そして深くゆったりとした呼吸と全身の筋肉から緊張が取れた深くリラックスした状態の実現を目指しますが、その中での確認事項の一つとして舌のホームポジションがあります。からだ全体が整ったときに舌は自ずと正しい位置におさまる、と私は考えているからです。
舌の状態とからだの不調の関係性
舌を長く出せる人と、舌があまり出せない人がいます。それは舌の状態を判断する一つの要素ではありますが、舌の長さよりも「出し切れた感じがするかどうか=しっかりだせるか、どこか中途半端な感じか」の方を私は重要視しています。また反対に舌を引っ込める力はどうかも参考にします。舌は筋肉ですが、舌がこわばった状態の時は舌を大きく出すことができても、引っ込める力は弱く上手く引っ込めることができません。舌の問題で滑舌が悪い、舌がたるんでいてイビキや無呼吸の原因になっているかどうかを判断する参考にしています。
また、舌は口の中にありますから当然食物のそしゃくと飲み込み(嚥下)に関わります。私たちは食物をそしゃくすることをほとんど無意識に行っていますが、そしゃくは噛み砕いて、唾液と混ぜて、こねて飲み込みやすい状態にする一連の動作です。これらの作を、歯(と歯茎)、頬、口蓋、舌、そしゃく筋の共同作業によって実に上手く行っています。ですから舌先に傷や口内炎ができてしまうと途端にそしゃくが上手くできなくなってしまいます。
またそしゃくして飲み込みやすい状態になった食物(食塊)は喉の方に送られ、喉の筋肉群の働きによって正確に食道に入っていきます(=嚥下)。この時舌は口の天井(口蓋)にピタリとへばりついて喉の中を陰圧にしますが、それと同時に気管が塞がれ食道への通り道が開きますので、食塊は間違いなく気管ではなく食道の方に入っていきます。
私たちは時々むせることがあります。それは唾液の一部などが気管の方に入ってしまい、それを強制的に排除して表に出そうとする気管の反応ですが、お年寄りが餅を気管に詰まらせてしまい呼吸ができなくなってしまうことがあります。それは舌と絶妙に連動して行われる嚥下動作にずれが生じたからだと考えることができます。
もし、しばしばむせてしまうのであれば、それは舌と嚥下動作の連動性に微妙なずれが生じているからなのかもしれません。舌の状態が悪く、嚥下のときに自然(自動的)に喉を陰圧にすることができなければ舌を意図的に口蓋に押しあてて陰圧を作らなければなりません。その動作によって嚥下のタイミングが微妙にずれ、気管と食道の切り替えがスムーズに行えないと考えることもできます。
イビキや無呼吸症候群に対しては、私は一番先に舌の状態を確認します。舌は、私たちが通常イメージしている表層部のよく動く部分だけではなく、実際は口の底まである厚い筋肉です。いわゆる“二重顎”や“顎がたるんでいる”の本態は“舌筋がたるんでいる”と考えてもよいと思います。仰向けで寝た時、この舌筋のたるみが喉の方に落ちてしまい気道を狭めたり塞いだりしてしまうのでイビキや無呼吸状態を起こしてしまうと考えますと、対策は舌筋のたるみ(=ゆるみ)を改善することになります。このことにつきましては別途取り上げますが、舌のホームポジションを正しい状態にすることはイビキや無呼吸症候群問題の改善策の一つになります。
東洋医学(伝統中医学)には“舌診”という、舌を細かく観察して全身の状態を把握しようとする診断方法が重要項目としてあります。また、舌は心臓と関係が深い(=舌は心臓の状態を表している)と考えられており、舌が大きくなると虚弱の現れ(舌が大きくなって所定の場所に収まりきたなくなると歯形が舌先についてしまう)という考え方もあります。また同じ伝統医学であるインドのアーユルヴェーダは、舌の表層を掃除して健康を維持増進するというセルフケアを推奨します。毎朝の歯磨き同様、舌もきれいにする習慣が良いと考えられています。
私はこれらの医学を深く勉強したことがありませんので、その根本的な考え方やメカニズムについては知りませんが、どちらの伝統医学も舌を大切に考えるという点は注目に値します。また解剖学的には、舌は内臓筋と骨格筋の両方の性質を併せ持ったものであるとの見解もあります。四つ足の爬虫類の動物にはまるで手と同じように舌を大きく伸ばしてハエなど獲物を捕獲するものがあるからです。
これらのことを頭に入れながら舌の問題に接していますが、舌と横隔膜(=呼吸)と骨盤底(=からだの底力)と足底は密接に関係し合っていると私は考えています。
同じところでじっと立ち続けて作業をしている人は足底が硬くなったりゆるんだりしますが、それは骨盤底を同じ状態にして腰痛を招き、さらに横隔膜の働きも悪くなって呼吸が浅くなり、イビキを招く可能性がある。あるいは、しゃべるのが好きで舌の使いすぎのため舌筋がゆるんでしまうと呼吸がハァハァと浅くなり、お尻も下がって歩くと足裏が疲れてしまう、などという状態を招くかもしれません。
昔、中国の医学者から「“活”きるという言葉は舌が水で潤っている状態を表している」という話を聞かされたことがあります。また、霊性修行を行っている人にとって感覚器官のコントロールは大切なことですが、舌には言葉を発する仕事と味を感じる仕事の二つの役割があるので、舌をコントロールすることが一番難しく、しかし「舌を制することができれば他の感覚器官を制するのは容易なことだ」という話を聞いたことがあります。
“舌”は私たちが認識して思い描いているよりももっと奥深い存在なのかもしれません。目・鼻・耳・皮膚という他の四つの感覚器官は体表に出ていて環境からの情報を処理していますが、唯一舌だけが口の中という内部に収まっていて護られています。そう考えますと“舌”は私たちの想像以上に重要な存在であり、からだの神秘が秘められているのかもしれません。また違った角度から舌について取り上げてみたいと思います。