歯ぎしりや噛みしめの癖を持った人はかなり多くいますが、“なぜ噛みしめてしまうのか?”というテーマが私の中にあります。
これまで幾度となく取り上げてきましたが、そしゃく筋は全身筋肉の司令塔としての役割をしていますので、そしゃく筋がこわばりますと全身的に緊張気味のからだになってしまいます。からだを芯からリラックスさせたいと思って体操やストレッチや呼吸法などやってみたところで、そしゃく筋がゆるまないと本当のリラックスは達成できません。
噛みしめ癖を持っている人に対して「噛みしめないように注意してください。」とアドバイスしたところで、からだの何処かに不具合や調子の悪いところがあってどうしてもそしゃく筋に力が入ってしまう(収縮してしまう)状態の人には無理な要求になってしまいます。
施術を受けに来られる方々の多くは噛みしめの癖を持っています。特に顎関節症や顎が痛いわけではないので自覚していないことがほとんどですが、そしゃく筋がゆるまないと頭痛は解消されませんし、膝の調子が改善しなかったりします。五十肩でもないのに腕が上がりにくい、常に息苦しい、クビの緊張感が取れない‥‥、そしゃく筋のこわばりによる不調は多岐にわたります。
現在私は”自然にそしゃく筋がゆるむように”というテーマで施術に取り組んでいますが、いくつか例を挙げてみます。
ピアスをはずすと瞬時に噛みしめなくなった
この方は20代の女性です。とても小柄で痩せています。私のところにはだいたい2週間に一度のペースで通われています。慢性的に胃の調子が悪く食事がそれほど摂れません。さらに痩せていて筋肉量も少ないですから熱をつくり出す能力が低いといえます。しかし仕事柄、冬の冷気にも耐えなければならず、11月から2月初旬まで“冷え”が根本原因と思われる背中~首筋にかけての張りと体調不良に悩んでいました。
昨日(2/25)の来店では「肌が荒れる一方で‥‥。食事や生活習慣にも気をつけ、なるべく化粧品も使わないようにしているけど、全然改善の兆しがなくて。」と訴えました。さらに皮膚科では金属アレルギーであると診断されたということでした。20年近く前に歯の治療で埋めた銀歯しか金属は身につけていないので、昨日歯科医でそれをプラスチックに変えてみた、ということでした。銀歯のようなアレルギーの場合、唾液と反応して徐々にアレルゲンが体内に溜まっていくため、10年後20年後にアレルギー反応が現れる場合があると医師からの説明もあったようです。
肌荒れの目立つ箇所は右頬や下顎の周りでした。いろいろ施術を行いましたが、気になったのはそしゃく筋のこわばりでした。特に右側の方が強くこわばっていました。こわばっているそしゃく筋を直接ゆるめることなく、からだを調整しながらこわばる可能性をひとつひとつ除去していきましたが、施術だけではこわばりが取り切れませんでした。そしてたどり着いたのが、左右の耳に3つずつつけていたピアスでした。金属性ではなく樹脂性の小さなピアスでしたのでアレルギー反応の一つとしてそしゃく筋がこわばっていたわけではありませ。しかしピアスを外してもらうと瞬時にそしゃく筋のこわばりはとれ、頬にあった緊張感が抜けました。苦しそうに見えていた眉間もゆるみ瞳の色が濃くなりました。顔全体の血流が良くなったので、肌荒れも良くなっていくと期待しています。
施術後30分くらいして自宅からメールが入り、「顔がとてもスッキリした!」と喜んでいました。
スマホのしすぎで母指先がこわばり噛みしめ癖がついてしまった
私の娘もそうですが、若い人たちはとても器用にスマホを片手で操作します。親指を俊敏に動かして文字を入力していますが、職業柄私は以前からその偏った指の使い方や酷使が原因でいろいろなトラブルが現れると思っていました。
親指の先が使い過ぎで強くこわばりますと筋肉の連動関係で肩甲骨が外側に引っ張られます。肩幅が拡がると言っていいかもしれません。すると下顎も同様に外側下方に引っ張られるようになります。右手でスマホを操作している人は、右肩が外側に出て、右顎を右下方に引っ張る力が常に働いているということです。すると下顎が右下方にずれてしまいますので、からだはそれを阻止しようとして自然(無意識)に咬筋を収縮させて顎がずれないようにします。”噛みしめ”というイメージとはかけ離れたそしゃく筋のとても小さな収縮ですが、しかし”常に”収縮しているわけですから、やがて強いこわばりに変化してしまうことになります。
本人にはまったく噛みしめているという意識はありません。しかし徐々に顔の形が歪みはじめ、ある日顎関節症の症状が現れてしまうかもしれません。
このような場合は親指の先(第1関節付近)のこわばりをほぐして対処しますが、とても強くこわばっているため施術が思いの外痛くなります。ほとんどの人が指先をほぐすことがそんなに痛いことだとは思っていませんが、使い方の偏りや酷使はからだの中に不自然な状態をつくってしまうということの現れです。
膝周辺の問題で噛みしめてしまう
その方がケガをしたのは30年近く前の子供の頃のことです。車の後部座席に乗っていたのですが、車が急ブレーキを掛けた時に反動で前に飛び出し、膝頭が前の座席の背面についている取っ手の間に入ってしまいました。救助隊を要請して膝を抜くことができたくらいの大きな出来事でしたが、結果的にその時の損傷の影響を現在まで引きずってしまったことになりました。
その方が初めて来店されたのはちょうど1年前になりますが、本当にひどい腰痛で、歩くことも立つことも介助なしでは出来ない状態で、座ることも出来ず、一日の大半を寝て過ごさなければならなかったのですが、それでも度々ギックリをしてしまうような状態でした。やっとの思いで車に乗り大きな病院を訪れて検査を受けても、例によって「骨にも神経にも異常は見られません」との診断だけで、痛み止めと湿布薬を処方されるだけの対処しかされませんでした。私がこれまで経験した中で最悪の状態の方です。今現在は40分くらいなら歩くことも、座り続けることも、車に乗ることも出来る状態にまで回復してきて、食卓に座って家族と一緒に食事が出来たり、ちょっとした家事もできるようになりました。この一年は大変な苦労と大きな出費でしたが、本人も私も明らかな回復の兆しをつかんでいますので希望の光に向かって着実に進んでいます。
この方が今よりもっと回復するためには、単に腰部の悪いところを修正し運動をして筋肉を鍛えるだけでは無理ですので、からだのもっと隅々まで悪いところを修正していかなければなりません。「いつまたギクッとしてしまうか恐怖」という感情が心からなくならないかぎり、常に不安感がつきまとい緊張感が心とからだから抜けませんので、今はそこへの挑戦を始めているところです。そしてその中で緊張感の代表である“噛みしめ癖”を改善すべく改めてからだを見直していった時に左膝周辺の筋肉に異常を発見しました。そのことについて尋ねたところ30年前の膝のアクシデントを思い出して話してくれました。
出来事から想像すると、かなりのダメージを受けていると思われます。筋膜や筋肉だけでなく骨膜まで損傷していると感じます。すでに何日か施術を行っていますが、明らかな回復の兆しという手応えはまだつかめていません。なかなか手強いです。しかし明らかなことが幾つか分かりました。この膝周辺の状態が良くなって膝関節がしっかりすれば、噛みしめ状態(そしゃく筋のこわばり)が解除されるとともに首肩から力が抜け呼吸がしやすくなって花粉症も状態が良くなること。これまでほとんど出来なかった上半身を横に捻る動作が少し出来るようになること。腰を中心に歩くことができ、地面を踏みしめて蹴る感覚が甦るのでからだの他の部分から余計な力が抜けること。普通の人から見ると“それきしのこと”となってしまいますが、こういう状態は、言わば“普通の人”のようになる、“日常生活が普通になる”ための明らかな前進ステップです。
この膝周辺の問題を解決するまでにどれだけの時間が必要なのかまだ分かりませんが、噛みしめが取れ、からだがリラックスできることは全身の回復にとって大きなプラスになります。ですから今は互いに認識を共有して忍耐強く取り組んでいくしかないと思っています。この方の実家は栃木にありますが、当面はそこまで車に乗って行き、病気のお母様に会うことが出来るようになることが目標です。
肩関節や股関節の不具合は歯ぎしり、噛みしめの癖をまねく
朝起きると顎が痛くなっているほどの強い噛みしめや歯ぎしり癖を持った人の多くは股関節に何らかの不具合がある可能性が高いです。これは臨床的に前々から感じていたことです。股関節の不具合にもいろいろな症状がありますが、鼡径部のところがパンパンにむくんでいるというのも症状の一つです。単なる“むくみ”とは言い切れません。
四十肩や五十肩など肩関節の不具合でもそしゃく筋がこわばっている場合が多くあります。口(顎)が大きく開けられない、顎が引っかかって話しづらい、食事で噛むと顎が疲れる、これらの症状もそしゃく筋の問題が深く関わっていますが、何処かの関節の不具合が原因なのかもしれません。
また、手汗や足裏に汗で悩んでいる人のほとんどは噛みしめの癖を持っていますが、直接的には体内エネルギーの循環が悪いことが原因していると考えられます。血流やリンパの流れも含めてエネルギー循環が悪い理由として考えられることは、自律神経系、冷え(低体温)、関節の不具合などです。(心理的なことは除いて)
私はまだ手汗、足裏の汗、腋の多汗などについての的確な対応策を確立しているわけではありませんが、鍵になるのはやはりそしゃく筋だと感じています。
考え方は二つあります。一つは“体内循環が悪いので噛みしめないとエネルギーが廻らない”ということです。そしゃく筋は全身筋肉の司令塔ですから、大きな力を必要とするときには誰でも”歯を食いしばって力を出す”ことをします。その延長線上で考えると、歯ぎしりや噛みしめ状態を起こさないと働かない筋肉や組織が何処かにあるという結論にたどり着きます。この場合は、噛みしめないでもエネルギーが十分に伝わるようにからだを整えれば自ずと噛みしめなくなる、という対策がとれます。
二つ目は、噛みしめによるそしゃく筋のこわばりは全身の緊張状態につながりますので、それは“精神的緊張状態になると手のひらから汗が出てくる”のと通じるものがあります。こう考えますと、手を尽くしてそしゃく筋がこわばらない状態にすることで全身から緊張感が取れることを目指します。すると、自ずとこれらの汗は出てこなくなるのではないかと考えることができますし、実際そうなることが多いです。
まだ的確なことが解っていない段階ですので、現在は一つ目、二つ目の両面から施術を行って対応しています。ただ“汗”は自律神経がコントロールしている領域ですので、整体の方法だけでは対応しきれない分野でもあります。しかし対応方法としてはこのよう考え方や対処方法があるということを知って頂ければと思います。
私自身、毎日硬い肩や首を揉みほぐしたり、そしゃく筋などをほぐしたりしていますので両手先の関節がかなりこわばっています。ですから、そしゃく筋にこわばりが固定化していて噛みしめ状態にあります。折に触れ大きなあくびをしてそしゃく筋をストレッチして対処していますが、それでは不十分です。指先のこわばりを取らないと解決しないとわかっているのですが、セルフケアに時間を割くことはおろそかにしています。頭痛まではいきませんが常に頭を締めつけられているような感覚がありますし耳鳴りもあります。
今こうして文章を書きながらも親指の先をゆるめますと、そしゃく筋がゆるみ、お腹が鳴り出し、眼が潤い、頭がゆるんでいくのがわかります。そんなことを自己観察しながらも”やはりそしゃく筋のこわばりは不調の大きな原因になる”と再確認しています。
過度の喫煙やアルコールがからだを壊す、発がん性物質の摂取が病気を招く、ということだけでなく、不必要なそしゃく筋のこわばりは全身に不調をもたらす可能性があるということも知っていただければと思います。
ほとんどの人が“噛みしめている自覚はない”と仰いますが、私の知るところ、多くの人のそしゃく筋はこわばっています。それがゆるんだ状態になったときの開放感を是非自分のものにしていただきたいと思います。