前回に、骨盤の歪みは“骨盤だけに着目するのではなく、からだ全身との関係性から考える必要があるという趣旨を記しました。
 ですから、実際の施術に際しては
 ①からだの歪みが骨盤に影響を与えているの場合
  ‥‥上半身からくる影響か、下半身からくる影響かを見極める必要
 ②骨盤の歪みがからだに影響を与えている場合
  ‥‥骨盤の中で、仙骨・尾骨と左右の完骨では、どの骨の歪みが全体に影響を与えているのか
 以上の二つを一番最初に判断することからはじめます。

①からだの歪みが骨盤に影響を与えている場合
・上半身からの影響で骨盤が歪んでいるケース
 上半身で歪みを起こす元となりやすいのは、顔(目、顎)と手や手先です。噛み癖、噛みしめや食いしばりの癖、歯ぎしり癖、これらは顎の状態に影響を与えます。また目の使い方の癖、つまり片方の目ばかりを使って物を見ているとか、右側を見ていることが多いとか、ということですが、これも上半身に歪みをもたらす原因になります。目と顎(口)の偏りは顔(頭蓋骨)を歪ませますが、後頭骨が歪みますと、それと対になって連動している仙骨も歪んでしまいますので骨盤全体が歪むことになります。
 
目の偏りと骨盤の歪み

 また、私たちは手をたくさん使って作業を行っていますが、それによって手や手先がたいへんこわばっています(ほとんどの人は自覚していませんが)。そのこわばりは、腕の筋肉~胸筋~腹筋を伝わって骨盤に影響を与えます。
 普段はあまり重い物を持ち歩かないのに、ある日遠出をして終日片手に重いカバンなどを持ち続けていた後で、何日かたって腰痛になってしまうということがありますが、それは手の筋肉が能力以上に酷使されたのでこわばってしまい、それが骨盤の歪みを引き起こしてしまったためだと考えられます。
 事務職などで終日椅子に座ってパソコンを操作している人は、強弱は別にして慢性的に腰痛を抱えている可能性が高いです。一つは座り続けていることで骨盤底筋が硬くなってしまったこと、もう一つは手のこわばりが骨盤に影響を与えてしまったことが原因であると考えることができます。
手と腹斜筋と骨盤の歪みの関係性

 以上のように上半身の歪みが骨盤に影響を与えている場合は、原因のほとんどは顔と手にありますので、それらを施術によって整えることが改善策になります。そして予防としては、目の使い方、噛み方、噛みしめや歯ぎしり癖を改善するか、それができなければ、毎日の終わりに偏ってしまった状態をセルフケアしてよりニュートラルに近い状態に一端戻すことが必要です。ただし、上半身の歪みで骨盤が歪んだ場合は、当然下半身にも歪みは伝わっていますので、次に挙げる下半身の歪みの影響も考える必要があります。

・下半身からの影響で骨盤が歪んでいるケース
 顔や手の影響で上半身が歪み骨盤に影響を与える場合は、途中に腕、肩、胸、腹や背中という部位を経由しますので、からだが元気であれば、そこで歪みを吸収して自動調整し、骨盤にそれほど影響が及ばないケースも考えられます。しかし、下半身の歪みは途中で吸収される部位が少ないため、ほとんどダイレクトに骨盤に影響を与えてしまうという現実があります。
 私は骨盤の調整であれ、腰痛の改善であれ、まず足裏やふくらはぎから施術を始めます。最初に足とふくらはぎを整え、その上で骨盤が歪んでいる原因を改めてチェックし直し、次の作業に移るようにしています。足やふくらはぎを施術していると、その人の歩き方や下半身の使い癖がイメージとしてなんとなく頭の中に浮かんできます。そして太ももや骨盤底の筋肉をチェックしていきながら最終的に“どう整えようか”という作戦と施術の段取りが決めて施術を進めていくことにしています。

 下半身の影響で骨盤が歪んでしまうケースは様々ですが、外反母趾、内反小趾、扁平足、足首の捻挫痕、骨折痕、肉離れ痕、手術痕、膝の問題というのは原因となる可能性の高いものです。
 過去の捻挫や肉離れ、骨折痕などは、現在痛みがないから関係ないと考えている人がほとんどですが、痛みがなくとも筋肉がしっかり働けない状態であれば大いに関係します。それらを見直すことは骨盤矯正にとって重要です。

②骨盤の歪みがからだに影響を与えている場合‥‥骨盤自体に原因がある場合
 骨盤自体がからだの様々な不調の原因になっているケースで考えられることは、ケガと骨盤底の柔軟性不足と産後ケア不足などです。
 ケガというのは、打撲、骨折、ギックリ腰、尻もち、手術などです。
 骨盤底の柔軟性は加齢とともに失われる傾向にあります。また座り続けることが多いとやはり柔軟性は失われます。骨盤底が伸びないと全身の筋肉が伸びない、骨盤底が硬くなると坐骨間が狭くなり骨盤が後傾してお尻が下がる、と前回記しましたが、骨盤矯正で骨盤底を整えることは最も大切なことかもしれません。
 時々産後ケアの一環として骨盤矯正のために来店される人がいます。産後三ヶ月前後が一番効果的な時期かもしれませんが、何年経ったとしても産後の骨盤矯正をされた方が良いと思われる人はけっこういます。出産時にはホルモンの力で、通常はガチッとしてほとんど伸びることのない恥骨結節や骨盤の靱帯が大きく伸びて骨盤は上部も下部も拡がります。産後安静にして、ケアを適切に行っていれば通常は3ヶ月から半年ほどで骨盤はほとんど元の状態にもどるとされていますが、今の世の中、産後の安静を3ヶ月も保つことはなかなかできないというのも実情です。ですから、産後の骨盤変化が気になる方は、一度専門家に確認していただいてはどうでしょうか。

・仙骨・尾骨と完骨
 たとえばギックリ腰をして腰がいたくなった場合、ほとんどの人は腰部の痛みを発しているところに湿布を貼って痛みを軽減しようとします。それは正しいことです。痛みのあるところを冷やせば痛みが緩和するからです。ところが、実際に症状を改善しようとする場合は原因のあるところに施術を行わなければ意味がありません。そして統計的に見ますと、その場所は仙骨や尾骨周辺であることがほとんどです。そしてその中でも一番多い場所は仙骨と尾骨の間(関節)の中央よりちょっと右側の部分です。この部分の筋膜にちょっとした傷がついてしまいギックリ腰の症状になってしまったのです。この部分はからだの中心部の中の中心ですから、ちょっと傷がついて本来の働きができなくなっただけで全身に影響が及んでしまいます。
 どうして“中央のちょっと右側”なのか、その理由はわかりませんが、そうなりますと仙骨の上部(仙骨底)は右側に歪みます。仙骨が少し時計回りに回転した状態です。そして右側の完骨(腸骨)は外側に動き、左側の完骨は後傾します。

ギックリ腰でよく見られる状態

 また、尻もちをついた痕で一番気になるところは尾骨です。尾骨が曲がったり捻れている人をよく見かけます。私たち人間は尾骨がすっかり退化していますが、犬が喜びを表現するために激しく尻尾をふりますが、それを見ると尾骨と尾骨を動かす筋肉の強さが連想できます。その尾骨が曲がったり捻れたりしますと、当然骨盤は歪んでしまう、と私は単純に思います。ですから階段で足を滑らせて尾てい骨を強打した、転んで尻もちをついた、あるいは高いところから飛び降りて着地したときにお尻に響いた、という経験があるなら、それはからだの不調の根本原因かもしれません。

 今、定期的に顔の整体を受けに来られている若い女性がいます。顔面全体が少し下がっています。施術した直後はそれなりに良くなるのですが、1週間後に見るとまた下がっています。当人が言うには、今年の3月頃からなんとなく顔が下がったような気になり、いろいろな情報を頼りに自分で顔をいろいろいじっていたら6月くらいから顔の歪みが顕著になってきたということです。私は「何かケガしたとか、尻もちをついたとか、捻挫したとか、そういう心当たりはありませんか?」と尋ねていたのですが、「特に何もありません」という返事でしたので、本人の訴え通り顔や頭部ばかりを施術していました。「施術後と1週間後では状態が変わってしまうのは、よほど頭部や顔面部の筋膜がダメージを受けていたのかな?」と思っていたのですが、先日、二日連続で施術する機会がありました。一日目の施術を終えて、次の日来店された顔を見ると、やはり施術後よりも若干顔が下がっています。それで、もう一度最初から経緯を聞き直してみました。「3月の、ちょっと顔の状態が気になりだした、その少し前に何かあったのだと思うけど、思い出せないですか?」「2月に何か変わった事しませんでしたか?」などと質問をしていきました。すると2月に初体験のスキーをしたということでした。「では、たくさん転んだでしょう?」と聞きますと、「特別痛くはなかったけど、初めてだったのでたくさん転んだ。」ということでした。
 それで骨盤を見ると仙骨の真ん中くらいの筋膜がゆるんだ状態で、仙骨が少し下がっていました。 強い打撲ではなかったのでからだの動きには支障が感じられませんでしたが、軽いダメージを数多く重ねたことで筋膜の状態が悪くなったままになっていたのです。仙骨と後頭骨の関係については前回記しましたが、仙骨が下がると後頭骨は上がります。そして後頭骨が上がると顔面は下がりますので、これがベースにあったため顔への施術を行っても時間とともに顔が少し下がってしまったのです。

 骨盤自体の歪みの中で仙骨と尾骨はこのように重要な位置を占めています。尻もち、ギックリ腰、打撲、それらの傷は場合によっては何年も何十年も残ったままになっている可能性もあります。それによって仙骨・尾骨と左右の完骨の関係がおかしくなった骨盤の歪みとなっているかもしれません。

・骨盤底の硬さ 
 骨盤底は会陰とも呼ばれ、下半身での腹側(陰)と背側(陽)の境目という、からだのバランスをとるという意味で大切なところであり、からだの中心(骨盤)を支える中心の中心というところでもあります。
小さい子供
 赤ちゃんや小さい子供は骨盤底がとても柔らかい状態です。その柔らかさが全身に伝わり、からだのどこもかしこも柔らかい状態です。一方、加齢を重ね高齢になっていきますと骨盤底の柔軟性は失われ、全身の筋肉も硬くなってしまいます。動作にもスムーズさが乏しくなり、しなやかな動きは期待できなくなっていきます。また、骨盤底の筋肉は腹直筋と一体のように繋がっていますので、骨盤底が硬くなると腹直筋も硬くなり伸びが悪くなるため、からだの前面に伸びやかさがなくなり、歩くときも少し前屈みになってしまいます。硬い腹筋に制限されて胃や腸も動きが悪くなりますので、食欲や栄養吸収、便通などに影響が出る可能性もあります。さらに横隔膜や舌筋とも連動しますので、肺活量が減り呼吸が浅くなって滑舌にも影響が出る可能性も考えられます。
 すっかり様式に変化してしまった私たちの生活では骨盤底を伸ばす動作は非常に少なくなっています。和式トイレに座る動作は股関節を大きく使い骨盤底を伸ばす動作ですが、そういうこともすっかりなくなってしまったので、誰もが骨盤底が硬くなってしまう状況であるとも言えます。また年齢に関係なく、仕事で一日中椅子や車に座っているような状況は骨盤底を硬くさせます。

 さて前回も記しましたが、骨盤底が硬くなる、つまり骨盤底筋がこわばりますと左右の坐骨間が狭まり、恥骨と尾骨の間も狭まります。お尻の底がすぼまった体型になってしまいます。
骨盤底のこわばりによるO脚

 そうなりますと、股関節では大腿骨の角度を本来より少し開かないと脚が途中でクロスしてしまいますので立っていられなくなります。本来、大腿骨は膝にかけて内側に向かっているので、左右の膝内側が接近するようになっているのですが、完骨の角度が変わったために大腿骨の角度が垂直に近くなってしまいます。当然左右の膝は離れた状態になりますので、結果としてO脚になってしまうという理屈になります。高齢者の多くがO脚状態に近くなってしまう理由はここにあるのかもしれません。
 ですから施術では骨盤底に柔軟性が戻るようなことを行います。加齢や座り過ぎなどで単純に骨盤底筋がこわばっているだけなら筋肉をゆるめることが主になります。あるいは骨盤底がこわばってしまった理由が他にあるなら、それを主体に施術することになります。
 かかとと骨盤底は関係性がありますので、かかと体重で常にかかとに無理がかかっているような人は、かかとのこわばりを取る施術と、かかと体重を改善する施術を行います。
 また以前に記したとおり、骨盤底筋は腹直筋を経由してはるばる舌まで続いていますので、例えばお腹が冷えて腹直筋がこわばったり、姿勢が悪く下顎が前に出て喉元がこわばったりしますと骨盤底筋にも影響が出ます。それらを全部チェックして根本的な原因を改善するのが専門的な施術の進め方になります。

・産後の骨盤
 出産に関連して伸びるところは子宮、腹部の筋肉と筋膜、骨盤底の筋肉と筋膜、恥骨結合、そして骨盤に関係する靱帯です。出産後、時間の経過とともにこれらが元の状態に戻れば体型的にも骨盤の歪みとしても問題はないことになります。
 私の場合、出産直後の骨盤を触ることはありませんが、産後3~6ヶ月くらいの骨盤を触ることはよくあります。産後3ヶ月前後の骨盤は“フワフワ”といった頼りない感じです。6ヶ月でも“しっかりした骨盤”の状態にはなっていません。しかし1年も経つと骨盤は“カシッ”とした感じになります。すっかり妊娠以前の元の状態です。
 出産に向かって腹部の筋・筋膜を弛め、骨盤の靱帯を弛めるのはホルモンの働きによるものですが、出産後、元の姿に戻すのもホルモンの働きによるものです。ですから、本来はからだの生理機能に任せるのが道理で整体が出る幕はないのですが、腹筋を整え、靱帯を整え、からだが元に戻る過程を邪魔する要素を排除するために施術を受けていただくのは意味のあることだと思います。ホルモンの分泌は脳と関係しますが、仙髄と呼ばれる仙骨部分も大切だと私は考えています。
 また、産後数年経過しても骨盤の開きが戻らないという場合は相談していただきたいと思います。骨盤には構造的な仕組みがありますし、靱帯、筋膜、筋肉といったものが協力し合って正しい骨盤の状態を築き上げています。“グイッ”とやったり、“ボキボキ”とやる骨盤矯正では、産後の骨盤矯正にはならないと思います。