それぞれの人がいろんな癖を持っていて、普段の姿勢もまちまちです。寝ているときの姿勢、座っているときの姿勢、立っているときの姿勢、歩いている時の姿勢、これらがすべて理想的な状態の人は限りなくゼロに近いと思います。
 今回は立っているときや歩く動作に直接的に関わる重心の問題について取り上げてみます。
 私たちの体はとても精妙にできていて、動作の重心がどこにあるかによって体が効率よく働けたり、あるいは反対に効率悪く不具合を起こす方向に進んでしまったりすることがあります。また重心の位置はスタイルの善し悪しにも影響しますので、スマートな体型や動作を維持したいと考えている人は参考にしてください。

“かかと体重”の悪影響
 立った時に足のかかとに重心が乗っている状態を“かかと体重”などと呼んだりしますが、この状態が体や動作に直接及ぼす影響を挙げてみます。
①かかとが痛くなりやすい
 当然と云えば当然のことですが、かかと体重の人はいつもかかとに負担がかかっていますので、時折かかとの筋肉や筋膜が耐えられなくなり痛みを発します。朝起きた直後の第一歩でかかとがつけなくなるという場合、寝ている間の血行不良が原因の一つですが、かかと重心によるかかとの疲労がベースとしてあるのかもしれません。

②歩いても前に進みづらいので、歩くと疲れやすくなる
 かかとに重心があるということは、背中側から何かの力によって後に引っ張られている状態であると考えることもできます。歩く動作は前に進む動作ですが、常に後に引っ張られる力が働いているため、向かい風の中を歩くように体はスムーズに前に進むことができません。足腰の筋肉は余計な負担を強いられますので疲労しやすくなります。また呼吸も荒くなりますので、歩き続けていると息が上がってしまうので途中で休みたくなったりします。
骨盤底
骨盤後面

③骨盤底が硬くなり、お尻が下がる
 骨盤の下部(底)には肛門や生殖器がありますが、その部分を骨盤底といいます。骨盤底は強靱な筋肉(骨盤底筋)と結合組織でできた膜ですが、それによって骨盤内臓物が下に落ちないように支えています。骨盤底筋の働きが加齢やその他の理由で衰えたり弱くなったりしますと、失禁や生殖器系の不調や不具合が生じる原因になると考えられます。また反対に骨盤底筋がこわばって硬くなりますと体全体の筋肉の伸びが悪くなり、腰痛をはじめ様々な不具合の基礎的要因になると云えます。乳幼児は全身がとても柔らかいですが、骨盤底筋にたいへん柔軟性があるので股関節を大きく使うことができるのが特徴的ですし、その延長線上で全身の筋肉が柔軟性に富んでいます。
 加齢にともない骨盤底筋は柔軟性を失う傾向にあります。学生達の動作はしなやかですが、30代、40代、50代と年代が進むにつれ体つきも動作もしなやかさを欠いていきます。それは単に太っただけではなく、筋肉の微妙な柔軟性と働きが失われていくため、体つきにゴツゴツ感が感じられるようになったり、動作がロボットの動きに近づくような感じになったりするからです。ですから、いつまでもしなやかな状態でいたいと望むのであれば、骨盤底筋の強さと柔軟性を維持するようにすべきだと私は考えます。
 そして、骨盤底筋はかかとの結合組織と連動する関係にあります。つまり骨盤底筋がこわばるとかかともこわばって硬くなり、反対に、かかとがこわばって硬くなると骨盤底筋も硬くなってしまいます。かかと体重の人は立っているだけで常にかかとに力が入っている状態ですので、当然かかとはこわばり、連動して骨盤底筋も硬くなってしまいます。
 
 骨盤底筋は前方(腹側)では恥骨、股関節では腰骨(腸骨)下部の座骨結節、背側では尾骨とつながっている膜ですから、骨盤底筋がこわばりますと恥骨、座骨結節、尾骨の間隔が狭くなります。つまりお尻がすぼまった状態になります。尾骨と一体化している仙骨は下方に引っ張られますのでお尻は下がってしまいます。若い頃はお尻も上がって脚が長く見えたのに、加齢とともにお尻が垂れ気味になり脚が短くなったように感じるのは骨盤底筋が硬くなったからかもしれません。

④動作が鈍くなる
 私たちの体は何かの動作をするとき、そのために一端バランスを整えてから動作に移るようにできています。例えば椅子から立ち上がるときは、最初に頭を前に出して(=首を下に向けて)上体を前傾させてからお尻を座面から浮かすようにして重心を膝に移してから立ち上がります。強い腰痛になって首を下に向けることができなくなると、重心の移動ができなくなりますので、どんなに脚や膝に力があったとしても椅子からスムーズに立ち上がることができなくなります。肘掛けなどに手をついて、手の力で上体を押しだし重心を膝に乗せてからでないと立ち上がることができません。
 同様にあらゆる動作は重心を移動する過程を経過しないと行うことができませんが、重心の位置が理想に近いところにある人は動作のための重心移動がとても素速くできます。しかし、かかとに重心のある人は一端ニュートラルな位置に重心を戻すという過程を踏んでから必要な動作のための重心移動を行なわなければならないので手間と時間がかかってしまいます。この様子を遠くから眺めますと、“どこか無駄な動きが多い”と映ってしまいます。他人から注意などされて自分では動作を素速くしようと試みても、体がそのように動いてくれないので歯がゆく感じてしまうかもしれません。

⑤推進力が生まれない‥‥仙骨の後傾
 脚の速い人は、走り出すとどんどん前に進んでいきます。走り方も軽やかで、それほど力を入れて走っているように見えなくても他者より先に進んでしまいます。それは前に前にと重心を移動させる推進力に豊んでいるからです。歩くことも同様です。一生懸命力を入れて歩いている自分を横目に、すいすい軽やかに追い越していってしまう人がいますが、その人も推進力が豊かな人です。この違いは骨格的に見ると仙骨の傾き方に原因があります。仙骨が前傾している人は重心を前に移動させることが得意ですが、仙骨が後に傾いている人は重心を前に移動させることが苦手な体であると云えます。
 さらに、仙骨が前に傾き加減の時は自然と背筋が伸びますが、仙骨が後傾している人は自然と背中が丸まってしまいますので、猫背気味の体型になります。歩いている時や座っているときの自分の背中が丸くなっていて姿勢が悪いと感じたときに、仙骨を前に傾けるだけで自然と背筋が伸びますのでこのことが理解できると思います。
 さて、かかと重心の人は③に記したとおり尾骨と一緒に仙骨も下がりますので、仙骨が後傾した状態です。つまり、かかと重心の人は推進力に乏しい体になっていると云うことができます。そして、体の推進力と心理的な“やる気”は同調するようですので、“体がどうもかったるくて、やる気も出てこない”と感じているときは、仙骨の状態を整えるために、かかと重心の体を修正してみるのも一つの方法だと思います。

⑥その他
 上記以外に、ガニ股やO脚になりやすい、ふくらはぎの後側がいつも張ってしまう、骨盤の上部が拡がってしまう(→太る原因になりやすいとの見解もあります)などのマイナス面があります。

かかと重心になってしまう原因と対策
 骨盤が後に傾いていることが、かかと重心の直接的な原因であると思われます。骨盤は左右の腰骨(腸骨)と中央の仙骨・尾骨と前方の恥骨を合わせたものですから、腸骨が後傾しても、あるいは仙骨が後傾してもかかと重心になってしまいます。ですから、かかと重心を改善するためには骨盤が正しい状態に戻るように体を修正する必要があります。そして、これまで施術してきた経験で云いますと、後頭部から首のつけ根にかけての筋肉や筋膜がゆるんだ状態を修正することによってかかと重心が改善される場合が多くあります。立っているときに首の後側に手のひらを当てると次第に重心が前方に動いたり、歩いている時に首の後側に手のひらを当てると歩き方が軽快になり脚がどんどん前に進んでいくように感じるのであれば、それは首の後側に問題があってかかと重心になっているということです。
 過去のムチウチやケガ、頚椎の歪み、あるいは下半身の問題で首の後面がゆるみ、仙骨が下がっていることはよくあることです。私自身の場合、立った時に右脚の重心はちゃんとしているのですが、左側が少しかかと重心になっています。普通に歩いている分には何の問題もありませんが、少し長い時間を歩き続けますと左の膝から下が棒のようになってしまう感じになります。私は仕事がらか、あるいは過去の問題か、右側の第2肋骨が外側に歪んでいます。それによって首の筋肉(後斜角筋)がこわばり、第6頚椎が右側にずれています。それが原因となって首の後面が少しゆるんでいます。ですから、歩きながら第2肋骨を少し内側に押し込みますと歩き方が軽快になります。

 また、骨盤底筋が硬くてかかと重心になっている場合、セルフケアとしては相撲取りが四股を踏んで股を大きく開き骨盤底を伸ばす恰好をしますが、それを真似るとか、和式便器で用をたす恰好のようなことをするなどして骨盤底のストレッチを行うことは有効です。
 私は施術で骨盤底をゆるめるときには直接骨盤底筋を指圧してゆるめる場合もあれば、骨盤底筋と連動しているかかとを揉みほぐすこともあります。かかとの底面は丈夫にできていますので表層部分はかなり強く揉んでも痛みを感じませんが、かかとがこわばっている人の深部はコリコリと硬くなっていて、それを揉みほぐしているうちにかなり強い痛みを感じるようになります。その痛みが軽減するまで揉みほぐすことがポイントです。
 骨盤底筋のこわばりが改善してきますと、お尻の底部がゆるんで拡がったようになります。反対に骨盤の上部は引き締まってしっかりした感じになります。

 その他には腹筋がゆるんでいる影響でかかと重心になっていることや、足の指先が硬く丸まっているためにかかと重心になっていることなどもあります。
 
かかと体重
 
 かかと重心の人でも、お腹を前に突き出すことによって重心を前方に移して立ったり歩いたりすることは可能です。つまり意図的にかかと重心を矯正することはできます。しかし、それは不自然な状態であり、体のどこかに力を入れている状態ですので疲れが溜まってしまいます。あくまでも自然な状態で立った時に、自ずと重心が足首の前方辺りにあって、かかとが微かに浮き気味になっている状態になることが本当の矯正です。

 呼吸に関連した項目でも“重心の位置”について記しましたが、私たちの体が効率よく順調に働ける状態であるためには、“重心”はとても重要です。ご自分が“かかと重心”だと感じる人は是非、重心の位置が正しくなるように体を整えてみてください。それだけで体が軽快に動けるようになると思います。