「食が進まない」「食欲がない」「食べるのに苦痛を感じる」といった状態を一般的に食欲不振と言うのかもしれません。
 私はこれまで「食欲不振」と聞きますと、すぐに「胃の不調」を連想していました。膨満感や胃もたれ、胃下垂などをはじめ、胃が硬くなっている、胃が動かないなど、胃の不調や不具合による症状はいくつかあります。
 また、歯や歯茎、顎や顎関節の状態が悪くて食物をそしゃくすることができない類の食欲不振もありますが、このたび、食物を飲み込むことに苦労したり、苦痛を感じることも食欲不振の一つであることに気がつきました。

 食物を飲み込むことを嚥下と呼びますが、私たちが何も考えることなくごく普通に行っている食物のそしゃくから嚥下までの一連の動作は、実はとても複雑で微妙です。
 多岐にわたる要素が絡み合っている複雑な専門領域に、一整体師である私が云々するのはおこがましい気持ちもありますが、一つの情報として、専門家や悩んでいらっしゃる方々の役に立てれば幸いだと考えています。

 私の仕事は骨格筋を主に扱う分野ですから、骨格筋から見た嚥下動作の説明になりますが、それは「喉の動き」のことでもありますので、発声にも通じるところがあります。

喉の動きに関わる舌骨下筋(胸骨甲状筋と甲状舌骨筋)

 食事で食物を噛み砕いてから飲み込むまでの概略を簡単に説明しますと、以下のようになります。(詳しくはこちらを参照してください。)

  1. まず食物を噛み砕いてそしゃくし、唾液を混ぜて柔らかくします。食物が飲み込める状態になったものを食塊(しょっかい)と呼びます。

  2. 食塊ができますと、それを舌を使って口の奥の方(咽頭)へ送りますが、このときに舌先を挙げることが重要です。舌先を口蓋(口の中の天井)につけることができませんと、食塊の送り込みができませんので、いつまでも口の中に食物が残ってしまいます。
     いくら噛んでも、なかなか咽頭部分に食塊を送ることができないために、食べることが苦痛だと感じている人は、この段階が上手くできない状態なのかもしれません。

  3. ここから飲み込みの段階に進みますが、舌がしっかりと口蓋に付き、さらに舌が口蓋を押し上げるとともに喉頭と舌骨が引き上げられる動きが重要です。
     私たち人間は、息が通る気道と食物が通る食道が咽頭で交叉する構造になっています。普段は息が通る気道(喉頭)が開いている状態になっていて食道は塞がれた状態になっています。
     ところが食物(食塊)を飲み込む段階になって舌骨と喉頭(甲状軟骨)が上前方に引き上げられますと、自然と喉頭に蓋がされて気道が塞がり、食道への通路が開くようになっています。
     この仕組みによって食物は気道の方ではなく、間違いなく食道の方に進むことなっているのですが、喉頭と舌骨が上がりきることができない状態になったり、喉頭(気道)を塞ぐ蓋(喉頭蓋)の働きが悪かったりしますと、気道に食物や唾液が流入してしまう誤嚥が起こってしまいます。

  4. 食塊が食道に進みますと、舌がゆるんで舌骨と喉頭は下がります。そして3の段階で塞がれていた鼻腔と咽頭のつながりが解放され、喉頭も開いて気道が確保されますので鼻呼吸ができる状態に戻ります。
     ただし、咽頭から食道に食塊を進める段階では、喉(甲状軟骨)をしっかり下げる力が必要になります。この力が弱い状態ですと、唾を飲み込むのもスムーズに行うことができないと感じてしまいますが、要になる筋肉として胸骨甲状筋(きょうこつこうじょうきん)と甲状舌骨筋(こうじょうぜっこつきん)の働きが大切です。

甲状軟骨と胸骨甲状筋と甲状舌骨筋

 私たちが普段「のど仏」と表現している部位は、専門用語では甲状軟骨(の中の喉頭隆起)と呼びます。甲状軟骨の内部に声帯がありますが、気道を通過する空気を利用して声帯を振動させることで私たちは発声を行っています。
 また、声楽家の喉の動きに注目しますと、のど仏(甲状軟骨)を上下に非常に大きく動かしながら発声しています。その意味するところは私にはわかりませんが、声楽家の方々は自由自在にのど仏を動かすことができるのだと思います。ですから、つまり、発声にとっても甲状軟骨の動きは大切なポイントであると言うことができます。



 甲状軟骨はその上にあります舌骨と甲状舌骨筋や結合組織で硬く結ばれています。そして体幹とは胸骨からつながっている胸骨甲状筋で結ばれています。
 ですから、甲状軟骨が上下に動く現象は、甲状舌骨筋と胸骨甲状筋、さらに舌骨と体幹や下顎を結ぶ筋肉の伸縮によりなされるものです。

嚥下の初期段階
 舌は舌骨を出発点としていますので、食物を飲み込む嚥下の初期段階において、舌が口蓋を押しつけるように上がることは、舌骨と甲状軟骨が上がるということでもあります。
 つまり筋肉の働きとして重要なのは、舌骨を引き上げる舌骨上筋群、甲状軟骨を引き上げる甲状舌骨筋がしっかり収縮することです。そして、同時に体幹と甲状軟骨をつなぐ胸骨甲状筋と体幹と舌骨をつなぐ胸骨舌骨筋がゆるんで伸びることができる状態にあることです。

嚥下の終了段階
 次に嚥下動作の終了段階、つまりゴックンと食塊を喉から食道に送る段階では、上がっていた舌と舌骨と甲状軟骨がグーッと下に下がる必要があります。この動作がスムーズにできなければ、食物が喉でつかえたような状態になり、不快感を感じると思います。
 そして動作におけるポイントは甲状軟骨と舌骨を引き下げる働きをする胸骨甲状筋と胸骨舌骨筋がしっかり収縮することと、肩甲舌骨筋が収縮すること、そして舌骨上筋群がゆるんで舌骨が下がることの妨害にならないことです。

 ですから嚥下動作においては、甲状軟骨の動きに直接関わる胸骨甲状筋と甲状舌骨筋の状態は非常に重要であると言うことができます。そして舌骨の動きに関わる胸骨舌骨筋、肩甲舌骨筋、舌骨上筋群の状態も大切です。

筋肉の連動関係による影響

 ここで、胸骨甲状筋と甲状舌骨筋に的を絞って、その状態や働きついて考えてみます。
 喉を打撲したりして筋肉や組織が損傷した場合を除いて、胸骨甲状筋や甲状舌骨筋の状態が悪くなることは、なかなか考えにくいところです。
 ですから、何か別の理由で筋肉の働きが悪くなり、発声や嚥下動作に問題が生じたのではないかと考えてみます。

 私が観察したところ、胸骨甲状筋と甲状舌骨筋は股関節の恥骨筋、膝関節の中間広筋(大腿四頭筋の一つ)、足首の短趾伸筋と連動関係にあるようです。

 膝関節の状態が悪い、膝小僧(膝蓋骨)目立つ、歩くと股関節にズレを感じる、股関節から下がむくみやすい、太い、足首が詰まっているように感じる、足首がグラグラしている等々の症状があって、喉の調子も悪かったり、喉に違和感を感じたり、嚥下や発声に不満や不具合を感じている人は、恥骨筋や中間広筋や短趾伸筋の変調が症状の原因になっている可能性が考えられます。

 また、どのような仕組みでそうなるかはよくわかりませんが、歯茎が弱いことによって飲み込みが上手くできず、食べ物が口の中にいつまでもあるために食欲が減退している人がいます。
 Aさんは理由は定かでありませんが、下歯茎の左側が弱く、左側の下の歯列が内側に倒れている状態になっていました。
 そして、それによって左側の甲状舌骨筋がこわばり、甲状軟骨が斜め左上に歪んだ状態になっていました。甲状軟骨の左側が舌骨に近づくように上がった状態になっていたわけですが、すると自ずと胸骨甲状筋もこわばった状態になってしまいます。

 食べ物(食塊)を口の中から喉の方に送り込もうとするときには、舌先が上がることから動作が始まるのですが、舌を上げるためには舌骨と甲状軟骨が上前方に引き上がらなければなりません。
 ところがAさんの場合、左側の甲状軟骨は甲状舌骨筋がこわばっていることによって、常に引き上げられている状態になっていますので、それ以上引き上げる余地がありません。ですから、左側はなかなか嚥下動作に移れない状況になっています。つまり、極単に表現しますと、食べ物を飲み込もうとするときには、右側ばかりを使って動作を行わなければならない状況です。
 左右両方の筋肉で仕事しなければならないところを、右側の片方だけで処理しなければならない状態ですから、当然仕事の能力は低下します。食べ物を口の中でいくらそしゃくしてもなかなか嚥下に移れない状況が理解できます。

 Aさんに対しては左歯茎に原因がありましたので、歯茎の中でも最も弱っている部分を探し出し、そこに外側(体表)から指を当てて歯茎を回復させるような施術を行いました。
 そして、歯茎の状態から日々のセルフケアが必要だと思いました。
 「適切なポイントに指が当たりますと、唾がスムーズに飲み込めるようになります。ですからそうなるように、繊細な気持ちで施術ポイントを探し出してケアしてください」とアドバイスしました。

追記:
 この施術後2週間くらいしてAさんが来店されました。そして「めっちゃ食欲がでました」と喜んで仰いました。(内心、解っていたこととは言え)喜んでいただけたので、私も嬉しく思いました。
 また、本日は85歳の常連客の女性が来店されましたが、医学を勉強されているお孫さんから「誤嚥」を指摘されたと仰いました。本人の感覚では「これまでよりも喉が細くなって飲み込みがつかえてしまう」ということでした。喉元を確認しますと、右側の胸骨甲状筋がゆるんでいて甲状軟骨が斜めに歪んでいる状態でした。そして、その原因を探っていきますと、非常に硬くなっている足底(短母趾屈筋が主)にたどり着きまして、足底の筋肉をじっくりとゆるめました。するとそれだけで甲状軟骨の歪みはとれて胸骨甲状筋の状態も回復しました。そして唾の飲み込みも快調になりました。
 普段はほとんど歩かないのに、昨日まで3日間旅行に行って「歩いた」とのことでした。
 普段使っていない筋肉を使ったので、硬くこわばってしまい、それが甲状軟骨をゆがめる原因になっていたのです。
 「高齢者」「嚥下に誤嚥の不安」という条件が重なりますと、医学的に検査・治療の対象になるのかもしれませんが、その方法では治らないこと考えられます。
 それはそれとして、(医学的見地の中に整体的な観点がないわけですから)誤嚥や嚥下に不安を感じるのであれば整体的な観点での方法にも目を向けていただきたいと思います。

高齢者に対するケア

 加齢が進みますと、からだの機能は全身的に低下します。そして多くの人が介護を必要とする段階に進みます。
 実際のところ私は介護の現場を知りませんが、食事介助は大変だろうと想像します。なかなか食が進まない状況では、介助する人はずっと忍耐強く付き添っていなければなりません。本人も早く食べたいと思っても、口の中の食物が喉に向かっていきません。両者にとって食事の時間は苦痛なのではないかと思えてしまいます。

 そこで少し視点を変えて、先ほど申し上げました筋肉の連動を利用して、嚥下がスムーズに行えるようになる可能性を考えてみます。

 加齢が進み運動する時間が少なくなりますと足のむくみが強くなりますが、足首も硬くなってしまいます。現在80歳を超えている人が何人か来店されていますが、その人たちの10年間の経過を見ますと、ふくらはぎの筋力低下と足首が太く硬くなってしまった変化が如実にわかります。
 小学生の頃は平気でグングン回っていた足首も、大人になると硬く太くなってしまいますが、それは加齢と運動不足によるものかもしれません。

 胸骨甲状筋や甲状舌骨筋と連動関係にある足首、膝、股関節の筋肉は足首の硬さと深い関係にあります。(足首が硬くなりますとスネの骨を引き下げますが、そのことと膝、股関節は関係します)
 つまり「足首の硬い人は喉元も硬く動きが悪い」可能性があるということです。ですから足首をたくさん回して軟らかくすることは対策の一つとなります。

 ただし、足首を回しているつもりになっていても、足の半分から前ばかりが回ってくるぶしから踵にかけての足の後部分が回っていないようでは、いくらやっても無意味になってしまいます。この点に注意が必要です。

 椅子に座った状態、あるいはあぐらをかいた状態で、例えば左足首を回そうとしたときには、左手でしっかり内くるぶしの上辺りを押さえてスネ(脛骨)が固定された状態にします。そして右手で足裏を大きく掴み、そしてゆっくり大きく踵まで一緒に回るように足首を回します。特に内くるぶしと親指を繋ぐラインが伸びるように心がけていただきたいと思います。
 回し始めの段階では、足首の靱帯や筋肉が硬い状態ですから、思うように足首は回らないと思います。ところが粘り強く、ゆっくりと、なるべく大きく回しているうちに、少しずつ靱帯や筋肉がゆるみ始めますので、やがて大きく足首を回すことができるようになります。
 そして、最初はスネと足がくっついているように感じていた状態が変化し、やがてスネと足に足首(足関節)を境に分離感が生じるようになります。ゴキゴキとか、カクカクとか音が鳴り出すかもしれません。それは筋肉がゆるんできたことの現れですが、このような状態まで足首を柔らかくしていただきたいと思います。

 すると膝関節の状態もよくなり中間広筋の変調が良くなると思います。そして胸骨甲状筋や甲状舌骨筋の状態も良くなって、嚥下動作に改善が見られるようになると思います。

 また、高齢者の場合や、あるいは筋力低下の著しい場合などでは、胸骨甲状筋や甲状舌骨筋はじめ、舌骨や舌の動きに関係する筋肉の働きが悪くて、嚥下がスムーズにできなくなっていることも考えられます。
 このような場合は、直接喉周辺を手当てする手段も考えられますが、筋連動の仕組みを利用して、足首や膝の働きが強まるようにする方法も考えられます。
 歩くこと、階段をゆっくり降りること、ステッパーなどを利用して足首を鍛えることなどは良いことだと思います。

 歩くことで足腰の筋肉を良い状態に保つこと、食物をたくさんそしゃくすることは私たち人間にとってとても重要であることが、嚥下動作を通しても知ることがきると私は感じています。


 嚥下動作に不具合あって誤嚥を招いたり、喉の動きが悪くて言葉を発するのが億劫になってしまったりするのは、高齢者や要介護の人ばかりではありません。
 若い人でも、食欲が湧かない、言葉を発したくない、と思っている人はいます。それは性格が関係しているかもしれませんし、精神的・心理的要因が関係しているかもしれません。
 しかし、そういうこととは全く関係なく、今回取り上げましたように骨格筋の状態に問題があるだけの場合も考えられます。
 悩まれているへのメッセージとして、どうぞ、そのことも頭の中に入れていただきたいと思っています。

足つぼ・整体 ゆめとわ
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