「体幹を鍛える」という言葉をご存じの方も多いと思います。からだの見方の一つとして、「体幹と四肢に分けて考える」というのがあります。
 体幹の正確な意味については幾つかの解釈があるようですが、四肢は上肢(腕~手)と下肢(太股~足)のことですから、体幹はそれ以外の骨盤から頭までの胴体を指していることになります。

 これまでの投稿で、「首や肩や手に力が入り、歯を噛みしめるなど顔に力が入っている人は不調になりやすい」というような説明をしてきました。そして「骨盤を中心にした腹部や腰部がしっかりしている方が健康を維持しやすく、リラックスして生きることができる」というようなお話しをさせていただきました。
 これらの説明については、その通りであると今なお考えております。そしてこれらの説明の中には精神的、心理的ストレスという要素も含まれていますが、今回は少し見方の角度を変えて肉体的な側面を中心にした内容です。

 今、糖尿病と闘っている方が定期的に来店されています。この方を仮にAさんとお呼びしますが、Aさんの糖尿病は遺伝的要因によるものが大きいとのことです。糖尿病の病態についての知識は私にはありませんので、Aさんの病状の進行状況がどのくらいなのかについては私には云々できません。ただ血糖値が250~300(食後は300以上)、尿タンパクが+2で、糖質制限を何日か続けると血糖値が200以下になるとのことです。遺伝性ということもあり、本人は病態の変化を日々とても気に掛けています。その他に、Aさんは幼い頃に鼡径ヘルニア(脱腸)を患ったとのことです。(手術はしていない)

 Aさんの整体的な面での一番の特徴は、ふくらはぎと太股が異様に張っていることです。本人は幼い頃から運動が苦手だったということで、現在も殆ど運動はしていません。仕事では「立っている時間は長いが、立ちっぱなしというほどでもない」とのことです。これまで立ち仕事の人はたくさん見ていますので、立ち続けることによるふくらはぎの張り感はよく知っています。しかし、それらとは質が違う感じで、ふくらはぎがパンパンに張っています。
 そして上肢である腕も硬く、肘から先(前腕)はふくらはぎ同様パンパンです。つまり四肢の筋肉は非常に強くこわばった状態になっているということです。
 対して体幹はまったく反対の感じです。体型的には腹部がゆるんで前に出た「お腹の出た人」なのですが、胸(胸郭)の厚みは薄く、肋骨が終わったあたりから筋肉のたるみが顕著となり、下腹部にはまったく力感が見られない状態です。鼡径ヘルニアの影響もあって臍の形が普通の人とは違い、臍から右鼡径部にかけて筋肉のゆるみが一層顕著に感じられる状態です。

体幹と四肢の関係(エネルギーと筋肉の変調)

 Aさん来店の当初の目的は、呼吸が悪いことと右足に上手く体重を乗せることができない状態を改善したいというものでした。糖尿病の体質改善を期待していたわけではありません。ところが、何度か施術を行っていますと、「施術した翌日は血糖値が良くなることがある。しかしその次の日はまた戻ってしまう」という話題になりまして、右足の状態も良くなった今、「体質改善に取り組みましょう!」ということになりました。

 あくまでも一般的な話ですが、健康な人は下腹部に力があります。「臍下丹田(せいかたんでん)」という言葉もありますが、下腹部が充実している状態が理想的です。お腹の状態は、みぞおち付近の胃のあるところが一番柔らかく、手を沈ませるように差し込んでいったとき、背中側まで届いてしまうくらい柔らかいのが理想です。大人でこのような人は稀にしかいないかもしれませんが、胃が空腹時の子供達にはこのような状態がたくさん見受けられると思います。そして下腹部に向かうに従って次第に硬くなり、臍下三寸、臍下丹田の辺りは、差し込もうとする手をしっかり跳ね返してくるくらいしっかりしているのが理想的だとされています。

 少し話は飛びますが、私たちの肉体は脊椎動物が最高に進化したものだと考えられています。脊椎動物の始まりは、今なお東北地方でよく食べられている海鞘(ほや)の仲間だったということで、まだ頭と尻尾が分かれていない海中動物だったということです。これをイメージ的に表現しますと、私たちの骨盤と頭部がくっついていて、一体化していた生物です。
 やがて時の流れとともに、骨盤から次第に頭部が離れていき(頭進という)、間に背骨(脊椎)ができました。ですから脊椎動物と呼ばれるわけですが、この状態は魚であり、「私たちの太古の祖先は魚だった」と言われる所以です。

海鞘

 そしてここで重要なことは、骨盤から頭部が離れていったことです。頭部から骨盤が離れていったわけではありません。骨盤が始まりなので、骨盤が肉体の中心になります。ですから、私たちは骨盤を中心とした腰部と下腹部がしっかりしていないといけないのです。
 私たちはいろいろな動作を行いますが、動作に必要な力は骨盤からやって来る力(エネルギー)でまかなわれるのが自然な状態です。今、私はパソコンのキーボードを叩いていますが、この指先を動かす力は骨盤や下腹部からやって来ます。ですから、実際には手指を動かしているのですが、手指を意図的に使っている感覚もなく、手指がそれほど疲れることもありません。頭を使い、目を使っていますので、それらが疲労して肩がこることはあっても、手指に疲労を感じることはありません。
 ところが、いろいろな理由から下腹部からの力ではなく肩や腕の力を使ってキーボードを操作せざるを得ない人がけっこういます。そういった人は“指を動かすのに手指に力を入れなければならない状態”にならざるを得なくなります。「思わず首や肩や手に力が入ってしまう」のです。ですからパソコン操作の時間が少し長くなりますと手や腕や肩や首に疲労を感じますし、字を書いたり、あるいはスマホを操作したりするだけでも疲労を感じるかもしれません。

 “ギックリ腰”については諸説ありますが、私は骨盤の更に中心部、尾骨と仙骨の境界辺りが肉離れのようになった状態だと考えています。つまり”ギックリ腰は骨盤の傷”です。その傷が手や足などの末梢部分であれば、部分的に不具合や痛みを感じるかもしれませんが、全身的にはさほど大きな問題にはなりません。しかし、その傷が骨盤の中心部になりますと話はまったく変わります。骨盤が上手く機能しなくなってしまいますので、中心部からの動作に必要なエネルギーが途絶えてしまうのです。するとそれまで無意識的にできていた動作の多くが意識しないとできなくなりますし、足や腕や首などの力をたくさん使わないと動作ができなくなりますので、全身はとても疲労するようになります。ギックリ腰を経験しますと骨盤の機能と力が如何に重要であるかが身をもって理解できるのではないかと思います。

 さて、話をAさんに戻しますが、Aさんの下腹部の力は大変弱いものです。筋肉で説明しますと腹筋がとてもゆるんで働きの悪い状態です。腹筋には、皆さんがパッとイメージを浮かべやすい腹直筋と、腹部を斜めに走る外腹斜筋と内腹斜筋、そしてお腹にサラシを巻いて腹圧を受け止めるような働きをする腹横筋(最深部)がありますが、とりわけ腹横筋の働きが悪いのかもしれません。これはもしかしたら先天的な体質的であり、腹圧に対抗できなくて鼡径ヘルニア(脱腸)になってしまったのかもしれません。

腹筋_前面

 お腹がゆるんで大きく前に出ているAさんですが、胸郭の方は厚みがなく、筋肉が硬くなって動きが悪くなっている状態です。呼吸をしていても胸郭の動きは弱々しいのですが、その主な原因は肋骨と肋骨の間にある内肋間筋が硬くこわばっていて、息を吸うときに肋骨を引き上げることができないからです。胸郭は常に息を吐いた時の状態になっているのですが、さらに胸の前面を広く占めている大胸筋もこわばっているため、胸郭の動きがとても制限された状態になっています。

大胸筋と肋間筋

 大胸筋は腕(上腕)に繋がっている大きくて強力な筋肉です。腕立て伏せを行ったり、何かを押したりするときに使われる筋肉ですので上肢を動かすための筋肉であると言えます。
 そして先ほど申しましたように、腕の筋肉、特に肘から下(前腕)が強くこわばった状態でパンパンです。仕事で手作業を多くしているわけでもないのに腕がパンパンになっている状態で、それは昔からだと言います。

 ですからAさんは、 体幹の中心である下腹部がエネルギー不足で「ゆるゆるの状態」、四肢は反対にこわばって「カチカチの状態」という状況です。
 繰り返しになりますが、四肢は体幹からエネルギーをもらって働くのが本来の姿、自然的な在り方です。しかしAさんはエネルギー源である体幹がエネルギー不足の状態ですので、四肢はそれぞれに自己の力に頼って働かなければならないため、負担が過剰になりこわばった状態になってしまっているということです。
 この状況は理解しづらいかもしれませんので例え話をしますと、包丁を使って硬い食材を切る時に、両足がしっかり地面に着地した状態であれば、からだ全体の力を使って食材を切ることができますので、手や腕だけに負担を強いることはありません。しかし、椅子に座って足が宙に浮いた状況で包丁を使おうとしますと、からだの力を動員することはできませんので、腕と手にたくさん力を入れなければならないためそれらの筋肉が硬くこわばってしまいますが、これと同じような状況だということです。

 実際Aさんは、何十年もこのような状態で生きてきましたので、そのエネルギーの流れ方を変えるのは容易なことではありません。施術を行い、お腹を整え、脱腸したであろうところを手当てし、胸郭を整えて呼吸が上手くできるようにするなど体幹を整えますと、自然と四肢から力が抜けて楽な状態になります。「まずまず上手くいったかな?」などと思い、ベッドから起き上がっていただき立ってもらいますと、また速やかに四肢にこわばりの兆候が現れだします。
 立ち方も歩き方も良くなって、血色も良くなり、呼吸の状態も良くなるのですが、体幹がゆるんで四肢がこわばり出す兆候はそう簡単には解消されません。

 「エネルギーの流れ方を変えることで、からだの使い方を変えるのが私の仕事」と、最近はずっと思っています。Aさんの場合も、四肢の運動が体幹からの力(エネルギー)で行えるようにエネルギーの流れ方を変えることができれば、糖尿病の改善にも役立つことができるのではないかと考えています。
 現に施術をおこなった次の日は血糖値が良くなるとのことですし、幾度か行ってきた施術の甲斐があってか尿タンパクの方は改善したようで、+2だった数値が安定して+1になっているとのことです。背中を指圧するといつも痛がっていた右側の肝臓や腎臓のあたりも痛みを感じなくなりましたし、腫れぼったさもなくなりました。
 血糖値は高めで推移しているものの顔色も良く元気さも出てきていますので、良い方向には向かったいるのだと思います。もうしばらく同じような施術を繰り返すことで、体幹がしっかりした状態が安定すれば、きっと「良いことになる」と思っております。

 さて、Aさんの例を引き合いに出して体幹と四肢の関係を説明してきましたが、肉体的な面で体幹が充実していることは、健康を築き、健康を維持する上で大切なことだと考えています。体幹がしっかりしていれば「楽に暮らす」ことが実現できると思います。
 足やふくらはぎが気になる人は体幹を見直す必要があるかもしれません。手や肩から力が抜けずリラックスできない人は体幹の在り方を考えてみるのも一つの方法だと思います。かといって「体幹を鍛える」「体幹のトレーニング」といった類の特別な運動やトレーニングが必要だということではありません。
 体幹を鍛える運動としては、私は“骨盤底筋”を使うことをお勧めします。以前にご紹介したバランスクッションやバランスボールに座って骨盤を動かしていれば骨盤底筋の運動になります。骨盤底の中心には“会陰”がありますが、“すべての動作を会陰から始める”というような感覚が養われれば素晴らしいことだと思います。
 ピラティスや加圧トレーニングやヨガなどいろいろありますが、「それよりも骨盤底筋(会陰)が大切」と思ってしまいます。

 今回は“肉体面のみ”という限定的観点で、体幹と四肢の関係について説明させていただきました。しかし、実際には、私たちには心があり、脳がありますので、それらによって生み出される精神活動にからだは大きく影響されるという実態があります。
 それまで20分くらいかけて施術を行い肩こりを改善したとしても、心配事や不安に心が支配された瞬間にまたキューッと肩が張ってしまったり胃が痛くなってしまったりすることはよくあることです。
 随分前の投稿になりますが、「首・肩・顔から力が抜けない」という話題で説明させていただきましたが、それらは心理や思考といった精神面と密接に結びついていまし、癖の一種でもありますので本当に強敵です。
 精神面が及ぼす肉体への影響についても、これまでとは違った角度から取り上げてお話しさせていただきたいと考えています。

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