「胃がもたれる」「胃がピリピリする」などの訴えがあった場合、胸郭の柔軟性が失われていたり、胸郭が胃の動きを阻害していたり、腹筋のこわばりが胃を圧迫している可能性なども考えられます。
 胸郭は胸椎と12本の肋骨でできた籠のようなものですが、その中に肺と心臓と食道が収まり、胸郭の底には横隔膜があります。そして横隔膜に接するように肝臓(右側)と胃(左側)があり、そのすぐ下に大腸の横行結腸が通っています。

体の前面

 呼吸で息を吸いますと肺が広がりますが、実は肺自体が自ら弛緩して拡がっているのではありません。肋骨が拡がり、籠の底(横隔膜)が下がることによって胸郭全体が拡がる仕組みを利用して、肺が拡がり空気が入るようになっています。ですから肋骨が拡がらなければ、また、横隔膜が収縮しなければ、息を吸っても空気は入ってきてくれません。
 そして、”胃もたれ”や”胃のつかえ”を感じるときは、胸郭が拡がりにくく横隔膜の運動が不十分である場合が多いようです。

胃と肝臓と骨格との位置関係

 さて、胸郭は下部では腹筋と背筋などによって骨盤につながっています。ですから、腹筋や背筋などがこわばって伸びにくい状態ですと、息を吸うとき上に上がってきてくれなくなります。さらに腹筋の中の外腹斜筋は胸郭を内側下方に動かす働きをしますので、外腹斜筋がこわばった状態ですと、胸郭は(正面から見て)幅が狭くなります。胸郭のゆとりが失われ、胸の厚みは増し、しかし細く絞られたような感じになります。見るからに息苦しそうです。
 その他にも肋骨の動きを制限してしまう筋肉がありますが、それらによって胸郭が身動きできない状態になってしまうことがあります。そうなりますと、狭い胸郭の中で心臓は動かなければなりませんし、胸郭の下部に接している胃や肝臓も窮屈な状態になってしまいます。
 この状況で、腹直筋のみぞおちの部分に硬いこわばりができていしまいますと、それによって胃はさらに圧迫を受けますので不調が増大した状態になってしまいますが、実際、胃もたれなどの症状を訴える時はそのような状況になっていることがとても多いです。

腹直筋のこわばりによる胃もたれ、圧迫感
 みぞおちのところが硬くなって胃の不調を訴えることがあります。「胃が炎症して張ってしまったのか?」と考えることもできますが、胃は張ると背中側に膨らむようですので、私は腹筋がこわばって硬くなり、その硬結が胃を圧迫していると考えて施術を行っています。実際、みぞおちのところがこわばっているのは腹直筋のこわばりです。

臍の「ゆ」によって胸郭が下がり胃を圧迫

 「どうして腹直筋のみぞおちのところがこわばるのか?」よく聞かれる質問ですが、お腹の冷えが原因であることが多いです。お腹が冷えている人はみぞおち部分に限らず、腹筋の深部が硬くなっています。手を深いところに押し込んでいきますと”まるで板のよう”と感じることもあります。腹直筋の表層は脂肪もあって柔らかいのですが、2㎝、3㎝‥‥と手を入れていきますと、とても硬くなっている部分につきあたることがあります。このような場合は、ほとんど冷えが原因だと思いますので、お風呂でゆっくり温まるだけで胃もたれは少し良くなるかもしれません。
 「お腹が冷えると腹筋の働きが悪くなって硬くなるのはわかるけど、どうして胃のあるみぞおちの部分が圧迫されるのか?」という素朴な疑問が沸くと思いますが、それを説明しだしますと長くなってしまいますのでここでは省略させていただきます。

手や腕の問題からくる胃の不調‥‥前鋸筋と腹斜筋のこわばり
 胃の問題を整体的に考えますと、胸郭の在り方はとても重要なポイントです。胸郭が狭い、胸郭が動かない、胸郭が硬い、胸郭が閉じている、これらの状態は胃の不調と浅い呼吸状態の原因になります。胸郭は背骨(胸椎)と12本の肋骨でできていますが、まず「それはとてもフレキシブルで、しょっちゅう動いてますし、いろんな要素で状態が変わるものである」と申し上げます。ほとんどの人は「骨なので動かない」というイメージを持たれていますが、それはまったく間違いです。
 息を吸うとき胸郭は拡がりながら持ち上がるのが普通の状態ですが、それは胸郭の上の方で筋肉が収縮して胸郭自体を持ち上げるのと同時に、肋骨と肋骨の間にあります外肋間筋が収縮し、胸郭の下方にあります腹直筋や腹斜筋が緩んで胸郭が持ち上がることを許すことを同時に行っているからです。ですから、肋骨でできている胸郭は関連する筋肉によって動いていることをまずイメージしてください。

身体前面胃の不調

 さて、腹筋の中には外腹斜筋と内腹斜筋があって、両方とも上半身を斜め方向に動かしますが、互いに反対方向に作用しあっています。例えば右側の外腹斜筋が収縮したり、こわばった状態になりますと、胸郭を右上外側から左下内側に向けて動かした状態になります。ですから両側の外腹斜筋がこわばりますと、胸郭は下に向かうほど内側に入りますので、胃や肝臓のある上腹部は狭い状態になってしまいます。この状態を正面から見ますと、上半身が細くなってゆとりがなくなっているように感じます。外腹斜筋のこわばりによって肋骨の動きは制限されていますので、呼吸は、腹部がペコペコ動いているくらいの状態になってしまいます。
 ところで、外腹斜筋のこわばり状態の要因はいろいろ考えられますが、実際のところ、最も多い原因は手の使い方であり、親指の状態と密接に関係しています。そして親指の状態と密接に関係している筋肉がもう一つありますが、それは前鋸筋です。前鋸筋は肩甲骨と胸郭を結び付けている大きく強力な筋肉です。パソコン業務など腕や肩を前に出している状態が長いと前鋸筋がこわばります。そして親指を使いすぎると前鋸筋はこわばります。デスクワークの仕事に従事している人たちのほとんどは前鋸筋がこわばっていますが、そうなりますと胸郭の動きはとても制限された状態になります。息を吸っても吐いても肋骨が動かなくなってしまいます。
 外腹斜筋がこわばり、前鋸筋がこわばった状態では、満足な腹式呼吸ができないため胸郭や横隔膜の動きは悪くなります。さらに胃や肝臓の居場所も窮屈ですので、「狭い場所でじっとしていなければならない」状態になってしまいます。私たち自身、どこか狭い場所に閉じ込められて身動きできなければ、気分は落ち込み体調も悪くなってしまいます。そう考えれば、胃や肝臓が不調になってしまうのは当然と思われます。胃は不調になれば不快さや痛みというサインをくれますが、肝臓は無言のままです。こんな状態のときは、胃も心配ですが肝臓も心配ですね。
 正面から見ると上半身が細く、しかし横から見ると胸に厚みがあって、呼吸をしても胸はほとんど動かず、胃の調子が悪いと感じているならこんな状態かもしれません。

座りすぎと胃の不調‥‥腸骨筋のこわばり
 先日、チェロを演奏されていらっしゃる女性が来店されました。「楽器を脚の間に挟んで椅子に座り続けるので、それがけっこうきつくて‥‥」と仰っていましたが、股関節の筋肉がかなりこわばっていることが予想できました。

座り続ける弊害_腸骨筋のこわばり

 腸骨筋という筋肉が骨盤の内側にあります。大腿骨を骨盤につなぎとめて股関節を安定させ、太もも引き上げる働きをしていますが、座る姿勢を保つためにも働いています。また長内転筋という筋肉があります。椅子に座りながら脚に力が入っている人はこの筋肉がこわばってしまいます。足を組まずに、意識的に背筋を伸ばして姿勢良く座っている人のは、その姿勢を維持するために知らず知らずのうちに内股に力が入ってしまうのですが、それによって長内転筋や恥骨筋がこわばってしまいます。
 ここで筋肉連動の話になりますが、腸骨筋は太ももの内転筋である薄筋と連動関係にありますので、腸骨筋のこわばっている人は薄筋もこわばっています。あるいは反対に薄筋のこわばっている人は腸骨筋もこわばっています。
 つまり、デスクワークやその他のことで長く座り続けている人は、腸骨筋、恥骨筋、薄筋、長内転筋がこわばりやいと言えます。そしてこれらの筋肉は隙間の狭い鼡径部に影響をもたらします。筋肉はこわばると硬く太くなりますので、これらの筋肉がこわばりますと、狭い鼡径部の隙間が益々狭くなり、その中を通っている動脈、静脈、神経を圧迫することになります。これは下半身にむくみをもたらす原因の第一ですが、血流が悪くなることによって腹筋の働きが悪くなり、また内臓の働きに影響がでるということも考えられます。
 「呼吸が浅いし、胃がピリピリする」という方の薄筋と長内転筋がこわばっていましたので、「ちょっと痛いですが」と申し上げて、直にそれら内転筋を引き延ばしてストレッチしたところ、その場で呼吸と胃の問題が改善したことがあります。

 ですから、長時間デスクワークで座り続けているような人は、内転筋をゆるめるストレッチを毎日行ってみてください。きっと早々に効果が感じられると思います。
 チェロの奏者の方は、実際のところ無理な姿勢で我慢しながら座り続けているわけで、内転筋というより腸骨筋自体がとてもこわばっていました。そこで、腸骨筋をゆるめるストレッチを左右10秒間ずつやっていただきました。すると、途中までしか回らなかった首が、十分に最後まで回るようになりました。一つは股関節の動きが良くなったことに連動して首の動きも良くなったと考えることができます。もう一つは、腸骨筋が緩んだことで腹筋のこわばりがゆるみ、下がっていた胸郭が本来の位置に戻ったので首の筋肉に余裕が生まれ、動きがスムーズになったと考えることができます。

 前回は”背中側から見た胃の不調”について取り上げました。そういう観点で、今回は”お腹側から見た胃の不調”について説明させていただきました。
 繰り返しになりますが、胃の調子の悪い人を、お腹側から観察しますと以下のような特徴を見ることができます。
①胸が下がっている‥‥腹直筋と腸骨筋のこわばり
②上腹部が窮屈そうで胸郭の動きが悪い‥‥腹斜筋のこわばり
③呼吸が浅く、息を大きく吸うことができない‥‥胸郭が動かない
 ですから、これら3点を改善することが整体的なアプローチになります。そして、これらは生活習慣(湯船に浸からずお腹が冷えている、お腹を冷やすものを好んで食べている等々)、普段の姿勢やからだの使い癖によってもたらされる状態ですので、それらを改めないと根本的な解決にはなりません。

 これまでの経験で申し上げますと、施術によって胃の不調はかなり改善すると思います。しかし、日が経つとまた胃の不調に悩まされるようになってしまう人が多くいます。私は施術の時に、症状をもたらしている直接的な原因と思われることや、再びそのような状態にならないために気をつけてほしいことなどを申し上げるようにしています。