“私たちのからだの中心は骨盤である”と聞かされたとき、理由は定かでなくても、それは何となく頷けることだと思います。直立二足歩行の私たち人間は、からだの中ほどに骨盤があって、上半身と下半身の境になっていると誰もが認識しているからだと思います。ところが、四つ足動物、例えば犬の(胴長)ダックスフンドのからだの中心を問われたときに、それが殿部の骨盤であるとはあまり想像が及ばないかもしれません。しかし、やはりからだの中心は骨盤であるということを説明したいと思います。

 私たちのからだを考えるとき、人間を含めて動物の進化の歴史を考察しないわけにはいきません。私たちの暮らす地球の歴史は46億年ともいわれています。地球上に生命が誕生して38億年、最初の生命は海の中で生まれたのですが、その後生命体は進化を繰り返し多種の生物に枝分かれしてきたと考えられています。
 
頭進

 私たちは背骨をもつ脊椎動物の一種ですが、今から5億年ほど前に脊椎動物の祖先が海の中で誕生しました。脊椎動物とはいえ、その生物に背骨はまだありません。丸い袋のような状態で海の中を波に揺られながら漂っていたと考えられています。プランクトンなどのエサを口の中からとりいれて、便や尿も同じ口を通して排出していました。口と肛門、つまり頭と尻は最初は同じひとつのものだったのです。その後、動物の本能としてエサを追い求めるように自ら動くようになるのですが、そうしているうちに同じ袋の中にあって頭と口の役割をしている部分が前に前に行きたがるようになり、次第に殿部から分かれ、からだに長さができるようになったと考えられているようです。これを頭進と呼ぶようですが、頭部から殿部が後退したのではなく、殿部から頭部が先んじて離れていったのです。
 つまり、はじめは殿部=骨盤部しかありませんでしたが、次に頭部ができたという順番です。やがてこの生物は私たちが食卓で食べている魚に進化していきますが、魚には背骨と内臓があるように、殿部から分かれて前に伸びていった頭部との間に背骨と肋骨ができ、その腹側に内臓が置かれたという私たちの体幹と同じ構造ができあがりました。
 この理屈を裏付けるように、私たちの全ての筋肉は縮むと骨盤に向かうという現実があります。背筋の全て、腹筋の全ては骨盤が起点(筋肉の起始)となって繋がっているのです。
 ですから、私たちのからだの中心は骨盤であると結論づけることができます。また、四肢と呼ばれる上肢(腕と手)と下肢(脚と足)は魚が海から陸に上がった頃にできますが、上肢は頭部から、下肢は骨盤から発生しましたので、上肢の筋肉は縮むと頭部を経由して骨盤に向かうようにできています。

骨盤が中心である現実
 骨盤がからだの中心であるということは、からだを動かす原動力やエネルギーは骨盤からやって来るということになります。これはなかなか現実として受け入れがたい部分があると思います。たとえば目をまばたきする力は骨盤とは関係ないように思えます。スマホ操作で動かす人差し指の動きは骨盤と関係ないように思えます。ですから全ての動作の力が骨盤からやって来るわけではないのかもしれません。しかし重度のギックリ腰になりますと、しばらくの間からだをまったく動かすことができなくなったりします。ギックリ腰は主に骨盤の中心である仙骨尾骨部の筋肉や筋膜にちょっとした損傷ができたために起こる急性腰痛ですが、ほんのちょっとの傷でも椅子から立ち上がることや、まともに歩くことができなくなってしまいます。この現実をしばしば目撃していますと、骨盤の中心部に小さな傷ができただけでも、からだがすっかり不自由になってしまうのだから骨盤は本当にからだの中枢なんだと感じます。
 骨盤の状態が悪くてもピアノを弾いたり、楽器を奏でたりすることはできるかもしれません。しかし、どこか手先だけの、口先だけの演奏になってしまうでしょう。骨盤がしっかりしていれば、指先にも唇にもからだの芯から力とエネルギーが伝わってきて全身で演奏することが容易にできるかもしれません。そういう意味で、からだの持つ底力は骨盤からやって来るのではないかと考えています。

骨盤の構造
 骨盤は一対の完骨と仙骨と尾骨からなっています。それらを結合しているのは線維性の関節で、後部に仙腸関節が二つ、前部に恥骨結合があります。また完骨は腸骨(いわゆる腰骨)と坐骨と恥骨の3つの部分が結合してできたもので、上部と下部で違う方向を向いているのが特徴です。

骨盤基礎01

骨盤基礎02

骨盤基礎03

 坐骨の底部には下肢の筋肉の出発点(起始部)になる坐骨結節があります。坐骨結節は座る時に座面に接触する部分ですので、下肢の筋肉がこわばりますと「座るとお尻が痛くなる」ということになります。あるいは長時間座り続けて坐骨結節が疲労状態になりますと、下肢の筋肉が張ってきたりします。
 また骨盤は前方斜め上方から見ますとツバのある帽子を逆さにしたような形をしています。腸骨と恥骨と仙骨の上部でできている帽子のツバの部分を大骨盤、その奥の帽子の部分を小骨盤と呼んだりします。大骨盤は腹部、小骨盤は生殖と排泄の部分と考えてもよいかもしれません。

骨盤の内側
 かつて私にいろいろ教えてくださった理学博士の先生(整体の先生ではありません)が「いろいろ偉そうに言ったり、やったりしたところで所詮人間は、地球上の生物としてみれば単なるウンコ製造器に過ぎない」と仰いました。過激な発言のようにも聞こえますが、私はなるほどと感心しました。
 家族や気の合う仲間達と共にする食事は楽しいですし、美味なものを食すと一時幸せな気持ちになります。あるいは、健康のことを考え食材を吟味した食事を摂っている方も多いと思います。しかし、そうして食べたり飲んだりしたものも、喉元を過ぎて食道に入ってしまえば、胃腸が調子悪くない限り、あとはほとんど何の感覚も得られないまま時間の経過とともに便や尿として排泄されるだけです。昨日食べた美味しい寿司も、翌日か翌々日には便という姿になってトイレに流されてしまうだけです。ですから私たちのからだは食べたものを便に換える機械であるという見方もできるわけです。
骨盤内臓断面02

 骨盤は大骨盤と小骨盤の二つに分けられると申しましたが、大骨盤は腹部の内臓を支える役割をしていて、主に小腸が収まる場所になっています。小骨盤には直腸、膀胱、そして生殖機能に関係する子宮や前立腺、卵巣や精巣と性器が収まっています。つまり、からだの中心である骨盤の奥(ここが本当の中心部)には糞尿を排泄するための臓器と子孫を残すための臓器が位置していることになります。
 人生の目的とか、心とか、喜びや悲しみなどの感情などは私たちの精神面ですが、それを除いて肉体的な面だけを捉えれば、私たちが地球上の生命体の一つであることの意味と価値が骨盤から読み取れるかもしれません。つまり、便を作って出すことと子孫を残すことです。
 便を作り出すことは、地球上の生態系に寄与して命をつなぎます。私たちがトイレに流した便は下水処理施設や浄化槽のなかでバクテリアのエサになります。そしてこれらのバクテリアが排出した便や尿は、究極的には土に還って植物が摂る栄養になります。そうして育った植物は私たちの食材になったり、あるいは他の動物たちのエサになります。このようにして生態系は今後も地球から水がなくならない限りずっと維持され続けていきます。
 また、人類という種を存続させるための、つまり子孫を繋いでいくための生殖機能が、からだの最も中心部にあるという事実は、生命体の本能として子孫を繋いでいくことが大切だということを物語っているのかもしれません。
 以上のように肉体的観点でみると、骨盤内部の働きは糞尿を排出することと子孫を産み出すことの二つに集約されるということになります。

骨盤の外側
 骨盤の外側はからだにたくさんある筋肉(骨格筋)の中心という役割があります。
 骨盤前面(恥骨から腸骨の上部)は腹部の筋肉(腹直筋・腹横筋・外腹斜筋・内腹斜筋)の始まり(起始部)になっていて、胸郭(肋骨と胸骨)を経由して胸部の大胸筋・小胸筋・前鋸筋と首前面の筋肉に繋がっていき、下顎の底部(舌筋など)まで続いています。
 
骨盤前面からの腹筋

 骨盤後面の上部は背部の筋肉(脊柱起立筋群・広背筋・腰方形筋など)の起始部になっていて、首の後面を経由して後頭部に繋がっています。もっと細かく云えば、後頭部を越して頭部・顔面部へ下り鼻の下までは背部の筋肉の繋がりです。
 そして骨盤後面と下面(恥骨下部と坐骨)は大腿部(下肢)にある筋肉の起始部となっています。
 つまり上肢(肩甲骨と腕と手)を除くほとんどの骨格筋は骨盤が起点になっているということです。ですから骨盤が歪みますと、からだ中の筋肉が影響を受けてしまい様々な運動系の不具合を引き起こしてしまう可能性があるということになります。

中枢神経としての骨盤
 私たちが健やかな心身を維持するために最も大切な器官は“脳・脊髄と心臓”であることはよく知られていることです。
 ところで、からだを動かす神経には二つの系統があります。一つは自分の意志のままに筋肉を働かすための随意神経、もう一つは自分の意志に関係なく、いわば勝手に働いてからだの働きを調整している自律神経です。随意神経は動物性神経、自律神経は植物神経などとも呼ばれますが、自律神経はからだ(肉体)を快適に維持するための神経であるとも云えます。
 
自律神経01
 中枢神経のことを“髄”と呼んだりもしますが、からだには頭部から順に延髄、頸髄、胸髄、腰髄、仙髄の五つ中枢があります。そして骨盤は仙髄の場所です。また、自律神経は日中優位に働いて、からだを活発にさせる交感神経系と、からだを休めて疲れを癒し、消化・吸収・栄養などの内臓の働きを高める副交感神経系に分かれていますが、五つある髄の中で延髄と仙髄は副交感神経系の中枢です。脳の最下部にある延髄と骨盤にある仙髄が協力し合って、呼吸を整え、からだの疲れを癒す役割を担っていますので、自律神経失調症などと診断される人が多い今日、骨盤の重要性がもっと見直されるべきだと思います。

 私たち人間と他の動物たちと一番違うところは、目に見えない精神性です。感情は他の哺乳動物、犬や猫やイルカや鯨にも備わっていますが、高度に思考を展開し、言葉使って自らを表現するといった点が人間ならではのものなのかもしれません。そのために私たちの脳は他の動物たちよりも遙かに大きくできています。
 ところがその反面、肉体的に見るとからだよりも頭の方が自らを主張する傾向が強くなり、今日では“からだではなく頭で生きている”ような人たちが多くなりました。つまり“からだの中の骨盤”に対する比重がどんどん軽く考えられるようになってきました。昔は「女の子はお腹を冷やしてはいけない。子供が産めなくなるよ。」などとお年寄りが若い女性に対してよく注意していたものですが、今はからだの健康よりもファッション性、つまり自己主張したがる頭の方が優先されいるようです。
 若いときから気にしなければいけない婦人病の数々、子供がなかなかできない現状、科学的には証明されていないかもしれませんが、これらが腹部や下腹部の冷えによってもたらされいる可能性は否定できないと思います。
 
 骨盤が開いたり歪んでいると太ってしまう。ダイエットのためには骨盤矯正が必要。そういったことのために骨盤を整えることは良いことだと思いますが、それだけでなく、機能的にも骨盤がからだの中心であって、普段から骨盤や下腹部を大切にして整えておく必要があるということを考えていただければと思います。
 “骨盤の歪みと矯正”についても近々記していきたいと思っています。