現在77歳の母が「昔、おばあちゃんがいた頃、階段を上り下りするのにドタンドタンと大きな音をたてていて、もっと静かに歩けないのかな? と思っていたけど、気づいたら私も音がうるさくなってきた。」と私に話しました。
 高齢者になると筋力が衰え動作の微調整が苦手になるので、静かに歩いたり座ったりすることができにくくなってしまいます。また、年齢に関係なく筋肉の働きが悪くなると同様です。階段を上り下りするときバタンバタンとしてしまったり、歩くときパタパタと音をたててしまうようなときは、筋肉の働きが悪いと考えられます。

肘を曲げる動作

 さて、筋肉は収縮することによって四肢や体を曲げたり伸ばしたり捻ったりするわけですが、一つの筋肉が働く(収縮する)とき必ずその働きに拮抗する筋肉がその動作を補助する仕組みになっています。たとえば肘を曲げる動作では上腕二頭筋を収縮させるわけですが、反対側にある上腕三頭筋が同時に伸びなければ肘を曲げることはできません。この上腕二頭筋の収縮と上腕三頭筋の伸張の絶妙なバランスによって肘は自分の意志に従ってスムーズに曲げることが可能になります。素速く曲げる時には上腕三頭筋がサッと伸びて上腕二頭筋の収縮を助けます。反対にゆっくりジワーッと曲げる時には上腕三頭筋もまたジワーッと伸びて上腕二頭筋の働きを助けます。そしてこのジワーッと伸びることが筋肉の状態を見極める上でとても大切なポイントになります。
 ジワーッと伸びるということは、単に伸びるだけでなく、“緊張(収縮)を保ちながら伸びる”あるいは“伸びながら収縮する”というようなことを筋肉が行っているということです。

階段を降りる_中間広筋

 階段を降りる動作で見たとき、たとえば右足を下の段に着く場合、左膝が曲がるわけですが、そのためには左太もも前面の筋肉(主に大腿四頭筋の中の中間広筋)が体を支えながら伸びる必要があります。この筋肉の働きが良ければ、右足が下の段に着く寸前までじっくりと左膝を曲げた状態を保つことができます。しかし働きが悪ければ、それができませんので左膝がカクッと折れたようになり、思わず右足をパタッとさせて着地するようになってしまいます。こういう状態では、タッタッタッタッと音をたてながら階段を素速く降りることはできますが、静かにゆっくり降りることはできなくなってしまいます。
 歩く動作でも同様です。私は歩き方や下半身の筋肉状態を確かめるとき「音を立てずに歩いてみてください」とやってもらいます。皆さん、そんなことは簡単にできると思っています。ところが音を立てずに、静かにそーっと歩ける人はそれほど多くありません。 誰にも気づかれないように歩く“忍び足”、それは筋肉の働きとバランスが整っていないとできないものなのです。

 加齢によって筋肉の働きが弱くなる、あるいは年齢に関係なく筋肉の状態が正常ではない、そんなときは音を立てずに動作することはとても難しいことです。テーブルに物を置く動作、洗い物をする動作などでも同様です。“静かに”、“そーっと”ができないのです。
 ですから家族や同僚の誰かに対して「動作の一つ一つがうるさい」と感じてイライラしたりするのではなく、「ああ、筋肉の働きが悪いんだね」と同情の思いを抱い方がストレスにもなりませんし、「筋肉をしっかりさせるにはどうしたらよいのだろうか?」というような前向きな考えに結びつくと思います。

 一般に子供達や若者達は体つきもしなやかで動作もしなやかですが、歳をとると体型も動作もしなやかさを失いロボットに近づくような感じになっていきます。それは筋肉自体の柔らかさが失われていくという避けがたい要因もありますが、筋肉の働きが悪くなっているという側面もあります。そして筋肉の働きが悪いというのは、筋力が弱いというのとは少し違います。筋力が弱くてもしっかり働ける状態であれば、ゆったりしなやかに動作することはできます。反対にジムなどでトレーニングをして筋肉モリモリになったとしても、筋肉が上手く働くことのできない状態になると、ゆったりしなやかに動作することができなくなってしまいます。
 打撲をしたり捻挫をすると筋肉は働けなくなりますが、そのごく小さいバージョンが体の中にいくつも点在していることを想像してみてください。外見的には丈夫そうに見えても、実は体を効率よくしなやかに動かすことができません。こうなりますと「意識的に力を入れないと動作ができない」「いつも力んでいるよう」というような状態になってしまいます。そしてこんな状態を修正し、筋肉が効率よく働けるように調整するのが「体を整える」という整体の本来の意味であると私は考えています。
 まだそれほど歳でもないのに、動作の一つ一つに音を立ててしまったり、階段の上り下りがドタドタしたり、足元の物を動かすのについ足を使ってしまったりするようならば、それは働きが悪い筋肉がけっこうたくさんあるということかもしれません。トレーニングをするより先に、筋肉がしっかり働ける状態になるよう調整した方が良いと思います。