首と肩が緊張している人がたくさんいます。このような人は体型的に、猫背であったり、首が短く見えるようになっています。体型的なことだけであれば、さして云々する必要はないかもしれませんが、首・肩の緊張は体の働きにも悪い影響を与えますし、精神的にもリラックスできないのでなんとか改善していただきたい問題です。
 首を触ったときに硬くなったスジ(筋)がはっきりわかるようであれば、それは筋肉がこわばっていて緊張状態にあるということです。筋肉のこわばりが解消すると首はしなやかでなめらかな状態に感じられるようになります。

 さて、肉体を動かすことより考え事をたくさんする傾向にある現代の私たちは、どうしても意識が頭の方に向かいます。一日の活動を、頭を中心に行っていると言ってもよいでしょう。そうしますと“気”がどんどん上の方に上がってしまいますので、胸から下がおろそかになってしまいます。こういう生活を長く続けていますと“気を下ろす”ことができない体になってしまい、呼吸で言えば、“吸ってばかりで吐くことのできない体”、つまり“過呼吸状態の体”になってしまいます。この状態では自律神経が交感神経優位になってしまいますので、芯からリラックスすることは難しくなります。子供の頃とは違って、朝目覚めても疲れが残ったままで一日を始めなくてはいけない状態になってしまいます。

 ところで、簡単なテストをやってみましょう。手や腕のどこか、指圧すると痛みを感じる部分を、痛みを我慢しなければならないほど強く押してみてください。
 この時、痛みをこらえるために体のどこに力を入れていますでしょうか?
 臍から下の下腹部あたりに力をいれてますでしょうか。あるいは胸、あるいは首や肩の方でしょうか。
 これは体のどこを中心に使っているのか、つまり重心がどこにあるのかを知るための簡単なテストです。

 痛みをこらえるために思わず首・肩に力が入ってしまうようですと、それは重心が上にあるということで、私たちの本来の状態とは違っています。痛みをこらえるときは無意識に息を止めますが、下腹部の方に力をいれて息を止めている人は吐いた状態で止めていると思います。首・肩に力を入れて息を止めている人はで、吸った状態で止めているはずです。私たちの体は息を吸っている過程では無防備(すきだらけ)になり筋肉に意志が通じず傷める可能性が高い状態になります。つまり、首肩につい力を入れてしまうようなときは体を壊しやすということです。ギックリ腰を度々経験する人は思い当たる節があるのではないでしょうか。

 私たちの体の本来の状態は、骨盤が中心ですべての動作が行われるようになっています。しかし、日々の生活では本来の状態を保てない状況がかなりあります。 
パソコンの姿勢
 例えばパソコンのキーボードを操作するのは指先ですが、指先を動かすための力は骨盤(下腹部)から来ることが理想です。そのためには肘を下に降ろし、手首(手根部)は床面に着いた状態でなければなりません。この状態であれば肩に力を入れることなくリラックスした状態でキーボードを操作できますし、実際に文字を打っているときに下腹部に力が入っているのが確認できると思います。ところが肘を浮かせ、手首も浮かせますと途端に肩に力が入ってしまい、息を吐き出すことが困難になってしまいます。仕事上、書類を見ながら腕を前に出した状態でキーボードを操作しなければならない状況が何時間も続けば、肩に力が入りっぱなし、息を止めっぱなしの時間がとても長くなってしまうということです。こんな日常を続けていますと、動作の重心が首・肩の方に上がってしまうのは仕方のないことかもしれません。
 社会生活を続けている以上、首・肩に力が入り重心が上がってしまう傾向にあるということを知った上で、その状態を解除し、重心を下腹部に戻すためにはどうすればよいか、ということを考えてみましょう。

骨盤が中心である理由
 ところで、骨盤中心で動作を行うことが何故重要なのかということについて考えてみます。
 私たち人間は生物学的に哺乳類になりますが、もう一つ大きい枠では脊椎動物に属します。脊椎動物というのは背骨がある動物のことです。太古の時代、脊椎動物の先祖に背骨がまだできていないとき、体には頭も尻もありませんでした。丸い袋状のような形をして海の中で生活していました。袋には穴が開いていて、その穴からプランクトンなどの食物を摂取しては、同じ穴から尿や便を排泄していました。つまり最初は口と肛門、頭と尻(骨盤)はくっついていたのです。それが億年単位というとても長い間海中の波に揺らされ、流されていると、次第に体に長さができ、頭らしきものができるようになりました。頭らしきものには鼻ができ、エサを嗅ぎ分ける能力ができたのかもしれません。すると頭に相当する部分はエサに向かって進みたいと考えるようになったのか、やがて頭が尻(骨盤)から分離するようになります。これを“頭進”と言うそうですが、尻(骨盤)から分離した頭部(頭脳)は、その本能として前に前に進みたいという欲求があり、やがて頭が尻を従えるようになったのかもしれません。
 やがて進化が進むと頭と尻がすっかり分かれ、その間に背骨ができた脊椎動物となりますが、それは魚の姿です。その後、魚が陸に上がり、手と足ができて爬虫類(ワニなど)になり、哺乳類に進化が進み、私たち人間が誕生するのですが、骨盤と頭の関係を考えるとき私はいつもこのことを思います。
 つまり、骨盤が最初にできて、次に頭ができて体幹となり、手と足は最後にできて四肢と呼ばれるようになりましたので、筋肉の流れもこのようになっているのです。全身の筋肉は収縮するとき骨盤に向かいます。筋肉が伸びるときは骨盤から遠ざかる方向に向かいます。この現象が私の整体の基本中の基本なのですが、筋肉だけでなくエネルギーの流れも同じなのではないかと考えています。
 骨盤(下腹部)から力をもらって手足や指先などが動いているのであれば何の問題も起こりませんが、そうではない動作をしていますと、いろいろと体に不具合が生じてくるのではないかと思っています。激しいギックリ腰になり、骨盤部の力をまったく使えない状態になりますと、体を動かすことができなくなってしまうことがあります。そういう経験をされた方は、骨盤や腰部の力が体にとっていかに大切かということがよく解るのではないでしょうか。

首・肩から力を抜いて重心を下げるには呼吸しかない
 またまた呼吸の話になってしまいますが、首・肩に力が入って常に緊張状態にある状況を解除するためには呼吸を利用するしかないように思います。
会陰中心部上面

 「意識はエネルギー」ですから、意識が下腹部に向かっているときは、エネルギーは下腹部に集まります。そして意識を下腹部に向かわせるためには、息をゆっくり吐き出しながら下腹部に集中するのが簡単な方法です。ところで、下腹部とか下丹田とか骨盤とかの言葉は範囲も広く曖昧な受け取られかたをするかもしれませんので、これからは“会陰”と改めます。骨盤底で尾てい骨のすぐ前にあるのが肛門で、そのすぐ前にあるのが会陰中心部です。息をゆっくり吐きながら会陰中心部に意識を集めます。呼吸は普通にしていれば良いです。そうしながら5回、10回と呼吸をしていると次第に首・肩から力が抜けていくと思います。そしていつの間にか精神的な緊張もほぐれ、会陰が息づき始めるのを感じることができるかもしれません。
 はじめのうちは会陰を明確にイメージすることができないかもしれません。そんな時は下腹部とか尾骨に意識を集めることから始めてください。やがて馴れてくると、会陰中心部が明確にイメージできるようになり、そこへの集中も簡単になります。

 会陰に意識が集まるということは、エネルギーが会陰に集まることと同じです。何の動作をするにも会陰をイメージながら行っていれば、それは骨盤の力を使って動作を行っていることになります。会陰で座り、会陰で立ち上がり、会陰で歩く、こんなことが無意識に自然に行うことができるようになれば、それまで首・肩中心に行っていた様々な動作が骨盤中心の動作に変わるようになります。そうなりますと、肘と手首を浮かせた状態でキーボードを打つことが、いかに不自然な動作であるかに気づくことでしょう。仕事場の配置を変えたりして、自分がリラックスして作業を行えるよう工夫するようになるかもしれません。

 「体を変えることは、使い方を変えること」これは私の整体に対する理念の一つです。肩が凝りやすい、膝が痛みやすい、股関節がすぐに痛くなる、等々、多くの人が自分の傾向を把握しています。そしてそれをなんとか改善したいと私のところにきます。私はその症状を改善することと併せて、その症状になりやすい原因をその方に明らかにするようにしています。そして体の使い方が変わるように施術を行い、その方にもアドバイスをさせていただいています。それでもなかなか“使い方の癖”を一朝一夕に改善することは難しいことがほとんどだと思います。「右側ばかりで噛まないでください。」「いつも同じ場所でテレビを見ないようにしてください。」「一日の終わりには肩甲骨を後に引くストレッチをして脇の下の筋肉を伸ばしてください」などと申し上げますが、後ほど確認すると「つい忘れてしまって‥‥」などと、“ついつい‥‥”という返事が多く返ってきます。
 使い方が偏りますと、筋肉の状態がバランスを失い、体や顔が歪むようになります。施術で整えたとしても、使い方が変わらなければやがて元の状態に戻ってしまいます。それが道理です。

 今回テーマの首・肩に力が入ってしまう状態に対しては、施術で、自然に骨盤に力が集まり首肩から力が抜けるように整えるのが私の仕事です。一回の施術では無理にしても、数少ない施術で骨盤が中心になって体を使えるように整えようといつも考えています。体が上手く使えない状態なのに、“こうしては駄目”とか“こうしてください”など使い方を無理やり矯正するようなことは強要しません。しかし、一定期間は日常生活での体の使い方に注意を払っていただかなければなりません。
 頭の“思い込み”の思考回路はなかなか頑固で、考え方を変えるのはなかなか難しいですが、体の使い癖もそれなりに頑固です。自分では気をつけているつもりでも、油断するとすぐに以前の癖に戻ってしまうことでしょう。しかし、それでも忍耐強く挑戦し続けていただきたいと願っています。

 まとめになりますが、首肩の力が抜けない人は、全身の動作を行う中心(起点・重心)が体の上の方にあって、意識(=エネルギー)も上にありますので、胸から下がおろそかな状態になっています。本来、私たちのあらゆる動作の中心は骨盤(会陰)になるように体ができていますので、首肩に力が入っているときは体を壊す可能性が高い状態であると言えます。
 それを改善するための一番簡単な方法は呼吸であり、会陰に意識が集まるようにゆっくり息を吐くことを中心にした呼吸を行っていくことで、重心を上部から骨盤部に移すことができます。無意識に、自然にこの呼吸ができるようになれば、それまで首肩あるいは胸にあった動作の中心が骨盤部に定着しますので、体は理に合った、省エネの動作をすることができるようになりますし、体を壊しにくい状態になります。
 そしてそのためには、重心が骨盤部に安定するまでの間、体の使い方の癖を変化させるために、いつも会陰を意識するように忍耐強く頑張る必要があります。
 こうして首肩から力が抜ける状態が定着しますと、それまで交感神経優位で肉体的に緊張状態にあったものが解消されますので、体をリラックスさせることがいとも簡単にできるようになると思います。

 ストレス社会と言われている今日、それは環境や外部の状況から受けるストレス要因だけでなく、ご自分の体が緊張しやすい状態にあることも大きな要因だと思います。外側の状況を変えることはなかなか思うようには行かないと思いますが、ご自分の体を変えることは努力一つでできることです。是非試してみてください。
 この文章だけでは理解できなと思われる方は、一度来ていただければ体験を通して理解できるようになると思います。