今回は筋肉の話です。
 私たちが通常「腹筋」と呼んでいる筋肉は腹直筋を指すことがほとんどですが、腹筋には4つの筋肉があります。腹直筋と外腹斜筋と内腹斜筋、そして腹横筋です。これに内臓を保護するための腹壁をつくるという意味で腰方形筋をその仲間に入れることもあります。今回はこの中で内腹斜筋について取り上げてみます。

腹筋群_側面
 
 私のところに時々声楽家の方がいらっしゃいます。声楽家ですから腹式呼吸は得意とするところです。ところが内腹斜筋の働きが悪いと息を最後まで吐き出すことがスムーズにできなくなります。そして、どことなく声を出すにも背筋に力が入りきらないとおっしゃいます。
 私たちは普段、内腹斜筋を意識することはほとんどありません。普通に息をしているくらいではほとんど働いていないかもしれません。しかし、私たちが下腹部に重心を持っていくためには、つまり「下っ腹に力を入れる」ためにはとても大切な筋肉です。
 息を最後までフーーっと吐き出し続けます。すると横っ腹の骨盤に近い部分がジーンとするような筋肉の収縮感が得られます。その筋肉が内腹斜筋です。

内腹斜筋01


腰痛と内腹斜筋との関係
 内腹斜筋の働きが悪いと骨盤と胸郭の間が広くなり、胸が上がって体幹が不安定になります。腰部に痛みをもたらす筋肉は主に脊柱起立筋ですが、肋骨と骨盤の間が離れるので脊柱起立筋は張ってしまいます。仰向けで眠ることができない、横向きでないとリラックスできないという場合は、内腹斜筋の働きが悪く脊柱起立筋がパーンと張ってしまうからかもしれません。息を最後まで吐き出しきることができないで腰部や背中にいつも張り感がある場合は、内腹斜筋の働きを疑う必要があります。
 また、内腹斜筋の働きが悪いと胸腹部と骨盤部の一体感が失われますので、歩く時でもなんとなく骨盤がフニャフニャした感じになり、下半身に体重を乗せて歩くことができなくなります。重心の位置が胸に近くなってしまいます。この傾向は現代の人に多いと思います。
 下半身の安定感にとぼしく背中や腰がいつも張っているように感じる時は内腹斜筋が関係していると考えられます。

呼吸と内腹斜筋の関係
 息を吸うとき胸は拡がり胸郭は上がります。腹式呼吸では、これに加えてお腹が前に膨らみます。この時、腹筋は伸びてゆるんだ状態になります。腹筋がゆるまないと息を深く吸うことはできません。
 息を吐く時は、これとは反対に腹筋が収縮して胸郭を引き下げます。腹筋の働きが悪いと息を吐く動作が不十分で途中までしか息を吐き出せないため呼吸が浅くなります。
 さて、内腹斜筋の働きが悪く収縮する能力が弱くなりますと、自然な腹式呼吸ができなくなります。自然な腹式呼吸とは、意識せずともゆったりしていて、腹部が滑らかに寄せては返す波のように動いている状態です。しかし、現代の多くの人たちがハアハアと胸を動かすだけの呼吸だったり、お腹がペコペコするだけの呼吸だったりしています。何かに集中することが多かったり、精神的な緊張状態が続いたりすると私たちは呼吸を止めて息を吐き出すことを忘れてしまい、しばらくして溜め息をつくように息を吐き出すわけですが、ストレスの多い現代社会ではそれも仕方のないことなのかもしれません。しかしそれでは内腹斜筋はほとんど働きませんので、筋肉としての能力は落ちてしまいます。浅い呼吸が内腹斜筋の働きを弱め、働きの弱った筋肉はさらに呼吸を浅くしてしまうという悪循環になってしまいますので、一日に何回かは意図的に息を最後まで吐き出して内腹斜筋を鍛えるような時間をつくる必要があると思います。

重心と内腹斜筋の関係
 私のところに来られる方々はほとんどが体に不調や不具合を抱えていますが、そのような方々に共通しているのは重心の位置が高いことです。ここで”重心”と表現しているのは、体を動かすときの中心部という意味です。体のどこを支えにして歩いたり、手を動かしたり、呼吸をしたりしているかということです。
 理想的な重心の位置は下腹部だと思います。臍から骨盤にかけての部分が支点となってあらゆる動作が行えるのが効率的ですし、体を壊さない秘訣かもしれません。しかし、その重心がお腹の上部から胸、つまりみぞおち付近にある人がたくさんいます。そこが硬くこわばっているのです。胃の調子が悪い人が多い理由はここにあるのではないかと思っています。硬くなったみぞおち(腹直筋の上部)が常に胃を圧迫していますし、胃のすぐ下を通っている大腸の横行結腸の動きも悪くなりますので、便秘や下痢といった不調を招いているのではないかと考えています。
 安定していて、楽に立ったり、歩いたりするためには重心の位置が下腹部に来る必要があります。立っていても、座っていても、息を抜いて楽に骨盤に上半身を乗せることができることが正しい姿勢をつくるためのポイントですが、そのためには重心が下腹部になければなりません。重心の位置が高いと骨盤で上半身を支えることができませんので、すぐに背もたれに寄りかかりたくなったり、あるいは座ることが苦痛なのですぐに横になったりしてしまいます。体がこんな状態なのに、「姿勢良くしなさい!」などと強要したところで、本人にとっては苦痛以外の何物でもなく、反発を招くだけの結果に終わってしまうでしょう。
 そして、重心を下腹部に下げるためには内腹斜筋の働きを良くすることが欠かせません。姿勢を正して、ともかく骨盤にしびれを感じるくらい最後まで息を吐き出し続けます。それを何回か繰り返していると、腹筋の下の方が硬くしまっていく感じがつかめると思います。肛門も自然と締まってくることでしょう。内腹斜筋に限らず腹筋の全部が最大限に力を発揮している状態です。
 このようなトレーニングをしていると、これまで体験したことのないような力が自分の内にあるのが体感できるようになると思います。これは筋トレの腹筋運動では得ることのできない、腹筋の鍛え方です。

 先日、大学の陸上競技部の選手が腰痛の改善に来られました。立派でしなやかな体型をしているのですが、「腰が痛くて仰向けで寝ることができない」ということでした。いろいろ体を調整しましたが、私がとても気になったのは、重心の位置が胸にあることでした。ハイジャンプの選手ですが、筋トレでベンチプレスをはじめ上半身を鍛えることをかなりやっているとのことです。この選手に「ともかく息を吐いて重心を降ろしてください」と言っても、本人はその感覚がなかなかつかめません。ベンチプレスなどで腕の筋肉や胸筋や前鋸筋を鍛えすぎているため重心が上がってしまい、さらに体の内側ではなく外側に重心が分散してしまっているのだろうと私は思いました。もっと効率の良い体の使い方ができるはずですし、そうなれば記録も上がっていくだろうと感じました。

 運動選手や特殊な仕事に従事する人は別として、普通の人が内腹斜筋を鍛えるために何かのトレーニングをする必要はないと思います。ともかく、一日に何回か、息を吐き出しきって骨盤がジーンとなるような呼吸を1~2分行ってもらえれば、それで十分だと思います。そうすることで呼吸も改善し、重心の位置も改善し、「横向きでないと眠れない」という状態も改善するかもしれません。

 専門的に、内腹斜筋の状態を整える方法はいくつかあります。内腹斜筋は下半身では長内転筋、後脛骨筋、母趾内転筋と、腕では上腕筋、母指内転筋などと連動しますので、それらの筋肉の状態を整えることによって調整します。 

 内腹斜筋はあまり語られることのない地味な筋肉ですが、体の芯を支えるインナーマッスルであると私は考えています。ここに取り上げた、腰痛、呼吸、重心、という項目では必ず状態を調整しなければならない筋肉です。