転んだり、どこかに体をぶつけたりした直後や、あるいはしばらくしてから不調や不具合が現れることがあります。今回は打撲による筋筋膜のダメージが原因で不調や不具合になってしまった例を取り上げます。

頭を打撲した後しばらくしてから胸が痛くなり、呼吸がつらくなった
 この方は後期高齢者になったばかりの人です。2週間ほど前に部屋の中で転んでしまい、テーブルに額の右側を強くぶつけてしまいました。直後は激しい頭部の痛みと腫れに襲われましたが、「ぶつけたのだから、それは仕方がない」ということで痛みと腫れが治まるのをじっと耐えていました。だいたい1週間ほどでそれらの症状は消えたのですが、その後、胸が痛くなりだし、息を深く吸うことができず、腕を前に伸ばすこともできなくなりました。「別に、胸を打撲したわけでもないのに、おかしいなぁ~」と重いながらも一向に症状が改善する気配がないため、私のところに来られました。
 この方とは長年のお付き合いですから、私の施術のことはよくご存じで、また整形外科での診察や治療のこともよくご存じで、「整形外科に行く前にみてもらおうと思って」と来店されました。
 本人は”胸(肋骨)の痛み”という訴えで来られましたが、胸には打撲による外傷(青くなるとか)もなく打撲した記憶もないということでしたので、頭の打撲が原因である可能性が高いと考えました。
 
腹直筋と外腹斜筋

 仰向けで寝ていただき体をみますと、胸から腹部にかけて大きく左側(反時計回り)に捻れていました。外腹斜筋が強くこわばってしまい、胸郭を捻らせるとともに肋骨の動きを制限しているため、息を吸う動作がしにくい状態であることがすぐにわかりました。そして胸郭の捻れと外腹斜筋の強いこわばりの影響で腕を前方に出す筋肉(前鋸筋)がうまく作動しないため、棚の上に手を伸ばすとか、物を拾うという動作ができなくなっていることもわかりました。
 頭部をみますと打撲した額の右側から右側頭部にかけて耳のすぐ側まで頭皮(筋膜)がフニャフニャにゆるんでいました。このゆるみによって鎖骨や上部の肋骨が右側に大きくずれ、それによって前鋸筋がゆるんでしまい、その反動で外腹斜筋がこわばってしまったのだと判断しましたので、施術としてはひたすら頭部のゆるみを改善することだけに絞りました。30分くらいずっと頭部のゆるんでいるところに手を当てていました。それだけで徐々に筋膜がしっかりしてきましたが、それとともに胸郭の捻れも改善し外腹斜筋のこわばりもとれてきました。それから寝た状態で大きく深呼吸をしていただき、胸の痛みがないのを確認すると、腕を前方に突き出してもらいました。肩甲骨が十分に前に出せる状態であることを確認すると座ったり立ったりしていただき、いろいろな動作をしていただきました。
 呼吸も動作もすべて大丈夫ということで施術を終えましたが、頭部の打撲が治まった後から胸に痛みが出だしたことを考えてみました。
 頭部の打撲直後の状態をみたわけではないので予測になりますが、おそらく打撲による炎症で、打撲直後の筋膜はこわばっていたと思います。その後、日が経つに従って炎症が治まると筋膜のこわばりも解消したのですが、打撲によるダメージは残ったままですので、打撲箇所やその周辺の筋膜が強くゆるんだ状態に転じたのだと思います。それが胸の痛みの根本原因ですが、こういう経緯で「頭の痛みがよくなってから胸が痛み出した。」
という時間差的な状態になったのだと思います。
 高齢者がよく口にする「歳をとると後から痛みがやってくる」という文句に通ずるものがあるのかもしれません。

打撲によって四十肩(五十肩)のようになってしまった
 この方は4ヶ月ほど前に転びそうになって洗面台の縁に右肩前面を強く打撲したということです。その直後から腕が上がらなくなり整形外科を受診されました。レントゲンによる診断で、「骨に異常はありません。打撲がよくなれば‥‥」と言われたそうです。しかし、打撲がよくなっても腕が上がらない状態は改善されず、「洗髪で右手が使えない」ということで来店されました。
 話を聞いただけで、肩(肩甲骨)に腕をくっつけている腱板や腕の挙上に働く大胸筋や上腕二頭筋や三角筋がダメージを受けていて機能が回復していないことだろうと予測できました。
 この場合の施術は、ダメージを受けて機能が低下している筋肉を回復させるために、ただひたすら手を当てるだけです。肩関節の一番深いところに回旋筋群(腱板)があります。まずはそこから手当てしますので、深いところに指先を当てていき、ゆるんでフニャフニャしているところを探しては筋細胞の働きが良くなるように願い続けます。その次は少し浅めの筋肉=大胸筋や上腕二頭筋の腱の部分、最後に三角筋のゆるんでいる部分を施術していきます。まったく力は使いませんので、施術を受けている側は何をしているのかもどかしく感じるかもしれません。
 「今、何をしているのですか?」「四十肩(五十肩)になって腕が上がらないのですか?」と質問されました。
 施術を続けながら、「打撲によってダメージを受け、機能が回復していないところに手を当てて回復させているんです。この場合は、これしか方法がないのです。腕が上がらないからといって無理やり腕を上げようとか、揉みほぐそうとかするとダメージを受けたところが更にダメージを受けるかもしれないので、そういう施術はしません。」
 「四十肩は骨格が歪んで関節に違和感を感じることから始まるのですが、何となく関節がしっくりしないので、多くの人が腕や肩を回したりしますが、すると筋肉に無理な力が掛かるためやがて腕が上がらなくなったりします。それでも同じようなことを繰り返していますと筋肉がダメージを受けて伸びてしまいます。すると肩関節で肩甲骨と腕の間が拡がってしまうので、やがて腕が肩からぶら下がったような状態になります。そこまで状態が進んでしまうと腕の重みだけでもつらく感じるようになってしまいます。寝ているだけでも関節がジンジンしだすようになり、腕を抱えていたくなりますが、そこまでなってしまうと重症です。」
 「今回の場合、四十肩の重症状態と同じような感じですが、ただ、打撲による筋肉のダメージだけが原因なので、それさえ回復すれば症状は改善されると思います。四十肩の場合は骨格の歪みという問題が絡んでいますが、それがない分、施術はいたって単純です。」と説明しました。
 この方は遠くにお住まいで度々来店されることは無理だろう思いましたので、なんとか1回で洗髪ができ、日常生活に支障のないところまで改善したいと思いましたので、80分の施術時間の内60分近く、ただただ手を当てているだけの施術を続けました。その後座っていただき、腕を上げていただいたりして頚椎の歪みなども微調整し、実際に洗髪の仕草をしていただいたり、いろんな動作をしていただきました。真上まですっかり腕が上がる状態まではなりませんでしたが、腕を上げてもしっかりと右手に力が入り通常の日常生活では支障のない状態までにはなりました。

 これまで幾度となく申し上げてきましたが、症状を改善するためには何よりもそうなったきっかけ(原因)を知ることが一番です。そして状態をこじらせないことも大切です。
 原因がはっきりしていれば、ただそれを修正するだけですみます。
 一人目の方は胸が痛くなって呼吸がつらい状態でしたが、その原因は頭部の打撲ということがはっきりしていました。もし本人が“頭と胸とは関係ない”と思い、頭部の打撲について私に話してくれなかったら、私は胸からいろいろと原因を探る手間をかけなければならなくなっていたことでしょう。時間もかかるし、効率の良い施術にはならなかったと思います。
 お二人目の方は注意深い方でした。整形外科や接骨院を受診していましたが、そこでのリハビリや治療を信用して、腕をぐるぐる回すようなことをしていましたら症状が悪化するばかりでなく状態がこじれ、体のいろんなところに不調が及んだかもしれません。骨格も歪んでしまい、一度の施術でここまで改善することは難しかったように思います。注意深さによって自分の体が嫌がることはしなかったことが功を奏したのだと思います。

 軽い打撲や軽微な損傷は、自然治癒力によって回復することがほとんどだと思います。しかしすっかり筋肉や筋膜がダメージを受けてしまったようなものは、多くの場合積極的に改善を試みた方が良いように思います。そしてダメージを回復させるためには手当てが一番だと、私はそう考えています。