私たちの頭の中には脳があります。肉体面での脳の主な働きは、感覚器官(目・鼻・耳・舌・皮膚)を通して得られた情報を処理して自分の意図するとおりに体を動かすこと(随意神経)と、体が順調に生理機能を維持できるようにコントロールすること(自律神経)です。それ以外に、精神活動における感情や思考の中枢でもあります。しかし、ここでは精神活動の件は横に置き、肉体面についてのみ考えてみます。

 私たちの多くが、肉体をコントロールしている中枢は頭の中の脳であると思っています。ところが内臓の働きをコントロールしている中枢は骨盤の近くにもあります。これを”仙髄”と言いますが、大腸、直腸、膀胱、生殖器は仙髄の副交感神経によってコントロールされています。
 
自律神経01
 発生学的に見ますと、私たちの祖先である太古の動物は頭とお尻が分かれていませんでした。それが海の中で波に任せて漂っているうちに、水の流れの力による影響で次第に体が長くなり、やがて魚の形(脊椎動物)になると、頭部と腹部と殿部という区分がはっきりできるようになったということです。さらに太古の海では天敵というのもなかったようで、食べて、寝て、出して、体を休めるための神経(副交感神経)しかなかったそうです。ですから、その名残として私たちの副交感神経は頭(脳幹)と尻(仙髄)にしかなく、天敵から逃げるために発達した交感神経は後に発達した胴体(胸髄・腰髄)から出ているということです。

 さて、生物が命を維持するために一番必要な器官は”腸”だという考え方があります。脳も顔も食道も胃などの消化器官や小腸、大腸といった別々に存在すると考えられている内臓器官はすべて腸から分化してできました。ですから元々は体を調整する中枢は腸にあったと考えられています。私たちの感覚は感覚器官を通して得られるものしか基本的に感じることができませんので、のど元をすぎると食物がどのように変化するのか感じることはできません。臓器に異常が現れると、それが深部感覚を通して不快感や異常として感じられる場合がありますが、それ以外は中で何が行われているかは感覚の特に鋭敏な人を除いて知ることはできません。しかし、私たちの意識が知るか知らないかに関わらず、消化・吸収・栄養化という作業は日々順調に行われています。これをすべて頭の脳でコントロールしているという考え方も成り立つかもしれませんが、発生学の研究者の中には腸の中に脳に匹敵する中枢があってコントロールされていると結論づけている人もいます。
 エサを見つけて食べ、呼吸を行う脳を口脳(鰓脳)と言い、消化吸収のための脳を腸脳、排泄と生殖のための脳を肛脳(排脳)と呼ぶ研究者もいます。

 “内臓には内臓の働きをコントロールする中枢がある”と考えますと、異物が体内に侵入したとき免疫力を発揮して対抗したり、嘔吐によって拒絶や体外排出したりするのは腸脳の働きとなります。
 現代科学に基礎をおく現代医学(西洋医学)は頭の脳が生理機能の全てを司る中枢だと考えるのを好んでいるようですが、伝統医学である中医学(東洋医学)では、“三焦”と言って、体を胸部(上焦)と腹部(中焦)と下腹部(下焦)に分け、それぞれが体内エネルギーの循環において重要な役割を担っていると考えています。“丹田呼吸”という呼吸法で重要とされている下丹田(臍下三寸)は下腹部のエネルギー中枢を指しており、副交感神経の中枢である仙髄に対応しています。
 
三焦

 エネルギー(気、プラーナ)というのは実体が目に見えませんし科学機器では測定できませんので現代科学ではほとんど無視している状況ですが、中医学やヨガ、アーユルヴェーダといったインド伝統医学では、物質的要素よりも重要に考えています。
 ところで、中医学には経絡・経穴(ツボ)という概念がありますが、三焦の経絡は手の薬指に対応しています。私は施術において薬指に力が入るかどうかをとても重要視していまが、体の虚弱な人、体内エネルギーの巡りの悪い人は薬指に全然力が入りません。このような人は歯ぎしりや噛みしめの癖を持っていることがほとんどで、手のひらや足裏の汗とも関係があります。

母指と示指・環指の対立筋検査

 “腸の脳”といっても、その実体は見えませんので、ほとんどの人は信じないかもしれません。しかし、お腹が冷える(低体温)と体の生理機能が大幅に低下しますし、傷んだ食物食べると嘔吐や激しい下痢になったりします。それは内臓(腸管)が食した物に反応しているということです。“食べたものに○○菌があって炎症を起こした”と科学的には解釈するかもしれませんが、腸はもっと単純に、それが体に有害であると判断すれば下痢で流してしまったり、嘔吐で吐き出してしまったりするだけなのかもしれません。犬を散歩に連れて行き、飼い主の目を盗んでは道ばたの雑草をパクりとした後で、オエッ、オエッと吐き出すのは、このことの端的な現れだと思います。
 現代医学的には、こういうことも頭の脳が処理していると考えるのかもしれませんが、真実はもっと単純で、腸自体が取捨選択し、不必要な物は体外に放出するように命令をだしているのではないかと思うのです。

 昔の人は肉や魚を選ぶ際に臭いをとても重要視していたように思います。つまり自分の感覚(鼻が生物にとって一番古い感覚器官)で食べられるものか、食べられないものかを判断していたわけです。言ってみれば自分を含め家族の健康は自己責任でした。現在、私たちは“消費期限”をとても重要視しています。ですから自己責任ではなくなったわけです。これによって私たちの鼻の能力は次第に低下していきます。解剖学的に顔は内臓が露出したものですから、内臓の能力が低下していくという考え方できるようになります。

 ちょっと余談になりますが、昨日20代の女性がきました。頭の回転があまり良くありませんでした。ところがお腹を温める施術をすると頭の回転が速くなりました。それは九九を暗算してもらうとすぐにわかることです。お腹が温まり腸管の働きが良くなると脳の働きも良くなるのだと私は考えています。
 常にお腹が温まっている状態にしていれば、腸(内臓)の働きが良くなるだけでなく、脳の機能も良くなるため精神的にも余裕が生まれます。するとこんなにストレスの多い社会ですが、自分らしく渡っていくことができるようになるのではないかと、そんなふうに思います。

 信じるか信じないかは別にして、腸管は単に食物を消化吸収するだけの存在ではなく、生命体としての根幹であり、腸も頭と同じように生命や健康を維持するために中枢器官として働いているという考え方もあるのだなぁ、と思っていただければ幸いです。