私の母は後期高齢者ですが、最近になって物覚えが鈍くなってきたと訴えるようになってきました。リウマチの影響で膝関節が変形し、歩行に少し支障があるもののそれ以外は、体はまだまだしっかりしているし、頭の回転が目立って鈍くなっているというほどではありません。
 ところが時々「今のことはすぐに忘れてしまうのに昔のことは鮮明に思い出す。」と私にとって気になることを言います。そして整体のお客さんと話していても、高齢者の方はこれと同じような話をします。
 以前に、数人のお客さんに集まってもらい、体の働きについていくつかの実験をしたことがあります。その実験の一つに“筋力テスト”がありました。いろいろと状況を変えてみて筋力がどう変化するかを体感する非常に簡単なテストです。
 “瞳を右に向けると力が抜ける(=筋力が低下する)なら、普段右を見ていることが多い”
 “噛みしめる癖を持っている人は、歯を噛みしめた状態にすると筋力が低下するが、噛みしめて硬くなった筋肉を指圧してほぐすと、噛みしめても筋力は低下しない”
などといった感じのテストです。
 そのテストの中で「昨日の晩ご飯を思い出してテストしてみてください」と言いました。すると全員の筋力が低下しました。私は以前からいろいろな人にテストをしていたので結果はわかっていましたが、皆さんにそれを体験として実感していただきたかったのです。

 思考が過去に向かうと体の力が少し低下します。細胞の働きが鈍ると考えてもよいと思います。それはどんな喜ばしい過去の出来事でも同じです。ただひとつ例外があります。過去の記憶でも時間と空間(場所)に関係ない出来事、つまり“いつ、どこで、何があった”という思い出し方をしないもの、すっかり夢中になって、あるいは無心になって没頭していた事柄で、今でも「今」に感じられるものを思うときは筋力が低下することはありませんでした。
 これはあくまでも私の推測ですが、“今、この時”に自分(の意識)があるときは体はしっかり機能しますが、意識が過ぎてしまった時間の中に入ってしまうと体の機能が多少なりとも低下してしまうのではないかと考えています。「未来のことを想像してみてください。」とテストしても、過去のことほどではありませんが、やはり筋力は低下します。
 スピリチュアル的に表現すれば、「今、この瞬間の中に力は秘められている」となるのでしょうか。

 母が「昔のことは鮮明に覚えているのに‥‥」ということは、そうではないかもしれないけれど、知らず知らずのうちに思考回路が過去に向かっているのかと危惧してしまいます。
 すると体の機能や体力が弱まる方向に回りだし、老化に加速度がついていくのかと思ってしまいます。ですから、「昔のことではなく、今のことをたくさん考えてみて」とか「平凡な毎日だけど、その中で興味をもつこと、何か夢中になれることを探してみて」とついつい話してしまいます。

 それが善いことでも悪いことでも、過去の記憶を手放せない人を時々見かけます。
 「過ぎたことを考えると治るものも治りづらくなるので、今何をすべきかを考えてはどうでか。」とさらりと言う場合があります。「そうねぇ」と一応は同意してくれます。それでも私たちはそう簡単に手放せないのですね。それが現実かもしれません。
 それでも私はセラピストとして、やはり「今が大切です」と言わせていただいています。