「骨盤が歪む」「骨盤が拡がる」という言葉を皆さんはどのようにイメージされますか?
 また、例えば骨盤が歪んだ場合、どのような弊害がもたらされると思われるでしょうか。
 私たちの体は骨盤から出発していると、発生学的に理解することができます。まず骨盤ができ、それが頭の方へ長く伸び、骨盤と頭部とその中間(背骨)に分かれました。その後、骨盤部と頭部から足と手が発生し動物となりました。それは学問的な面だけでなく、実際に筋肉の性質を観察すると、そのようになっています。腕と手の筋肉は収縮するとき頭部に向かって動きます。足や下肢の筋肉は骨盤部へ、頭~背中・腹部の筋肉も収縮すると骨盤に向かいますので、触診することによってそれが実感できます。つまり私たちの体は、伸びるときは骨盤から遠ざかる方へ、縮むときは骨盤に戻る方へとエネルギーが流れているということであり、体の中心は骨盤であると言うことができます。
 その骨盤が歪んでしまうということは体の中心が歪むということですから、体全体のバランスがおかしくなってしまうと考えることができます。そういう意味で、骨盤の安定性は非常に重要だと言えます。

骨盤における靱帯

 その骨盤は、腸骨・坐骨・恥骨が一体となった一対の完骨と仙骨・尾骨が仙腸関節でつながってできていますが、なによりも安定性が必要なため、骨と骨をつなぐじん帯でガチガチに固められていて、あたかも全体が一つの骨であるような強さを持っています。
 女性が出産するときには、このガチガチに固められている骨盤を大きく開かなければならないわけで、その時に強烈な痛みを感じるのでしょう。産後はじん帯を伸ばして開いた骨盤を元に戻さなければならないので、産後の安静とケアがとても大事になります。じん帯が戻りきらないうちに動いたりして、その状態が常態化すれば、産前・産後で" 体型がすっかり変わってしまった"とか、" 体に不調が現れた"といった症状が起きる可能性が高くなります。何故なら、骨盤が体の中心だからです。

 さて、この強靱なじん帯が伸びてしまった人を時折みます。お尻(骨盤)を強く打撲してしまったとか、あるいは強い力を使った骨盤矯正を継続的に繰り返したという人です。
 スポーツ選手など激しい運動をしている人たちの間では、膝や肘のじん帯を損傷して手術をしたという話をしばしば耳にします。膝や肘、あるいは肩の損傷であれば、体の機能の不都合も部分的なものですむかもしれません。ところが骨盤のじん帯損傷となりますと、体のあらゆるところに不調や不具合が及ぶと考えるべきだと私は思います。
 骨盤のじん帯を損傷すると、骨盤はグラグラになってしまいます。すると骨盤に関係する筋肉は動作の足場が不安定になりますのでこわばります。水の上に板を置いてその上に立っていることを連想してみてください。足場が不安定だと体も心も緊張させて対処しようとすると思います。それとまったく同じで、筋肉は骨を足場として動作しますので、その骨がグラグラ動いていたのでは、筋肉がこわばって硬くなるのは当然のことです。そしてこの状態、つまり変調してしまった筋肉が骨盤を歪ませる結果をもたらすと考えてよいと思います。
 このようにして骨盤が歪むと、その歪みの影響は背骨をつたわり頭蓋骨を歪ませます。首も上半身も、もちろん骨盤につながっている下半身も歪んでしまいます。そして機能がおかしくなります。

 ところで、普通の人に解りづらいことの一つとして“筋肉とじん帯の働きの違い”があると思います。学問的に正確ではないかもしれませんが、イメージしやすいようにお話しします。
 “じん帯”は関節で骨と骨とがある一定以上離れないようにしている骨に結んだヒモのような働きをしています。“筋肉”は骨を足場に別な骨と結びつき、自ら伸びたり縮んだりして骨に動きをもたらす働きをしています。例えば肘から下(前腕)の骨と肘から上(上腕)の骨をつないで、肘を曲げたり伸ばしたりする働きをします。じん帯は基本的に自ら伸びたり縮んだりする働きはありませんので、肘を曲げたり伸ばしたりすることはせきませんが、前腕と上腕の骨がそれ以上離れて脱臼しないようにしています。
 そして筋肉にはもう一つ重要な働きがあります。それは骨と骨の位置関係を積極的に決めるという働きです。
 例えば、肩関節で肩甲骨には上腕骨を収めるための凹みがあります。その凹みに上腕骨の頭がきちんと収まっているのが正常ですが、その働きをするのはじん帯ではなく筋肉です。幾つかの筋肉が協力し合って上腕骨頭が所定の場所にきちんと収まるようにしています。
 あるとき、強い力で腕を引っ張られたとします。すると筋肉は伸びてしまい腕が肩から脱けそうになります。それを阻止するのがじん帯の役目です。じん帯は骨と骨が離れないようにする最後の砦です。時折、外力が強すぎてじん帯の能力を超えてしまうと、じん帯損傷などになり、脱臼してしまったという状態になります。

 さて、筋肉の話をもちだしたのは、仮に骨盤のじん帯の一部が伸びたり損傷したりした状態であっても、筋肉の働きがしっかりしていればじん帯の弱さを補うことができることをお話ししたかったからです。損傷したじん帯は元の状態に戻るまでに時間がかかるかもしれません。しかし筋肉の働きを戻すことはじん帯ほど時間がかかるものではありません。
 よしんば無理な施術などで骨盤のじん帯を損傷したのではないかと疑われている方も、筋肉(や筋膜)の働きを回復させることで骨盤の歪みを修整することは可能ですし、そうなれば完璧ではないまでも普通に日常生活を送ることはできるようになると思います。

 尚、ここで注意していただきたいのは、筋肉の働きを回復させるための施術が必要だということです。揉みほぐしたり、伸ばしたりすることではありません。ましてや外力で骨盤矯正することでもないし、木槌で骨盤を叩くことでもありません。(そのような施術法があるようですが) 
 そのことに是非注意してください。