昨日読んだ本に、私たちの肉体にある感覚器官(目・鼻・耳・舌・皮膚)と内面にある知性についての話がありませしたのでご紹介します。

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 太陽や月はこの世を照らしています。部屋の明かりは家の中のいろいろな物を照らし出します。太陽が輝き、月が照らし、火が燃えていることが、どうしてみなさんにわかるのでしょう。光が輝いてものを明るく照らしていると、どうして言えるのでしょうか。自分の目でその輝きを見ているからです。目がなかったら、太陽や月の光が見えるはずはありません。ところでどうして目はものを見ることができるのでしょう。
 眠っているときや、目を閉じているときも、間違いなく意識の光は輝いています。ですから、知性の方が目よりもはるかに明るく輝いているのです。それを教えてくれるお話をしましょう。
 盲目の男と足の不自由な男がおりました。ふたりで乞食をしながら、村から村へと渡り歩いていました。盲目の男は足腰が丈夫で、足の不自由な男は目がよかったのです。足の不自由な男は、盲目の男に肩車をしてもらっていました。そうやってお互いに助け合って、村から村へと旅をつづけることができました。あるとき、道の途中で立派なキュウリの畑を見つけました。足の不自由な男は盲目の男に言いました。
「おい相棒、うまそうなキュウリが畑にあるぜ。ひとつ畑に忍びこんで、いただいちゃうっていうのはどうだい。ちょっと休んでから、先へ進もうや」
 盲目の男は足の不自由な男に言いました。
「でも相棒、気をつけてくれよ。どこかで見張りが目を光らせているかもしれないからな」
 足の不自由な男は言いました。
「大丈夫だ。誰もいない」
 盲目の男は言いました。
「畑のまわりに柵や門があったら教えてくれ」
 足の不自由な男は言います。
「柵も門もないみたいだな。さあ入ってめしにしようじゃないか」
 盲目の男はすぐに言い返しました。
「よォ相棒よ、ここのキュウリはきっと苦くて食えたもんじゃないぜ。だって、見張りも柵も門もないんだからな」
 この男は目は見えなかったけれど、知性をはたらかせることによって、目が見える男よりも正しくものが見えていたのです。目に光を与えるのは、知性です。
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 知性の方が感覚器官よりも優位にあるというのが本来の姿なのに、今の私たちの社会は感覚器官を刺激するもので溢れているために、知性が曇ってきているのかもしれないと、悪いニュースを見聞きする度に思ってしまいます。